そして奇跡は起こった

昨日の長谷川慎さんのコメントに、「そして奇跡は起こった」のことが書かれていました。

読んだ人もいると思いますが、「そして奇跡は起こった」は南極大陸横断を目指したシャクルトン隊の実話です。

ところが南極大陸の目前で船が座礁してしまい、一年半も地球上で最も過酷と言われる南極を漂流することになります。

それなのに、たった一人の死者も出さずにクルー全員が生還した奇跡のドキュメンタリーです。

私はこの実話の中から、リーダーの在り方を学べると思っています。

その一部を紹介します。

「いかなる時にもユーモアを。

士気を保つためにうわべは平静をよそおった。

『隊長はいつも快活で、あの人といると元気が出た。オレたちはやってみせる、ここから絶対脱出するぞっていう、そんな気になれた』

誰一人、ボスの心痛には気付いていなかった」

これなどまさに「演技」ですし、「語らざれば憂いに気に似たり」だと思うのです。

非常事態の時にリーダーがつらい顔をしたり、困った顔をしてどうします?

士気が下がり、部下たちが不安になるだけです。

リーダーが自分の責任でみんなを導く以外、誰も助けてはくれないのです!

助けたくても、助けられないのです!

世の中には部下や妻、彼女に同情されて喜ぶ人間かいますが、部下に心配されたり同情されるようではリーダー失格だと思うのです。

また、シャクルトンは座礁した船を捨てる際に次のようなことを言っています。

「生きのびたければ身軽になれ。非情になって物への愛着を断ち切れ。

あらゆる緊急事態に備えて重い荷物をかついでいくのはおろかなことだ…。」

経営者は、経営状態が厳しくなると、あれもこれもしたくなるものです。

しかし、いろいろなことをすればするほど、社員たちの心は疲れていきます。

だから、持っていくも(やること)と捨てるもの(やらないこと)をキチンと取捨選択する必要があるのです。

当然、後々「あれを持ってきておけば良かった」という時がくるかもしれませんが、いつ使うかわからない荷物を担いで行くことは、まさに愚かなことなのです!

多くの場合、リーダーは自分の不安を消すために、部下を疲弊させてしまうものです。

以前「一点集中」のことを書いたことがありましたが、一点集中が難しいのは、それ以外のものを捨てる覚悟がいるからなのです。

私たちは、つい「これをキープしておいて、ここを強化したい」と考えますが、そうするとどんどんやることが増えてしまいます。

そうなると、どれもがあぶはち取らずになって、成果が出にくくなるのです!

ところが、「非情になって物への愛着を断ち切れ!」と言って各人の思い出の品まで捨てさせながら、シャクルトンは楽器(バンジョー)を荷物に入れるように指示します。

当然、「大切な品まで捨てさせておきながら、何でバンジョーを持って行くんだ!」という声もあったと思いますが、この苦境を乗り切るためには隊員たちの士気が何よりも大事だと思っていたからだと思うのです。

本文を読むと、シャクルトンばかりでなくほぼ全員が、どんなに厳しい状況にあっても、必ずジョークを言って笑おうとしていたことがわかります。

死にかけているのに笑おうとするところは壮絶なものがあると思いますが、この笑いとばそうとする精神が、彼らをしなやかにし強靱にしたと思うのです。

シャクルトン隊の副隊長フランク・ワイルドは、シャクルトンを補佐してめざましい働きをします。

副隊長ワイルドは、シャクルトンとは性格が対照的だったようで、シャクルトンは熱情的でロマンチスト、悪く言えば気まぐれで癇癪持ちだったのに対して、ワイルドは理性的でいつも冷静、事務的な態度をとることが多かったようです。

この性格の違いが互いの足りないところを補いあって最高のリーダーシップを発揮していくのですが、この関係はある出来事に確固たるものになったと思います。

それは南極点からおよそ160キロの地点で悪天候におそわれ、食糧がつき、2日間何も食べずに行進している間にワイルドが衰弱して倒れかかったときです。

翌朝、全員に大切にとっておかれたビスケットが1個ずつ朝食として配られます。

ワイルドがそれを食べて、重い体を引きずり出かけようとしたとき、ポケットにもう1個ビスケットが入っていることに気きます。

そのビスケットはシャクルトンが自分に割り当てられた分を黙ってワイルドのポケットにつっこんでおいたものでした。

気づいたワイルドが返そうとしてもシャクルトンは「自分よりワイルドのほうがそれを必要としている」と言って受け取りません。

ワイルドはこの日の日記に「このことが一体どれほどの広い心と同情を意味するか、本当にわかる人が世界中に他にたった一人でもいるとは私には思えない。わかっているのは私だけだ」

そして、「神にかけて、私は決してこのことを忘れない」と綴っているのです。

私にできるかどうかはその時になってみないとわかりませんが、私はそういう人間(リーダー)でありたいと思っています。

だから、倒産しかけた友人の会社に無証文で数千万円のお金を持って行ったりしたのです。

結局、その会社が儲かるようになったら、その方とは疎遠になってしまいましたが、私はそれでいいと思っています。

口で同情するのは簡単なことですし、自分もいい人になった気になれますが、私は友達が本当に困っているときに口だけで同情する人間になりたくないと思うのです。

20171124_095709昨日は、父の23回忌でした。

65歳で父が死んで、もう23年も経ちます。

私ももうすぐ60歳になりますが、つくづく人生は本当にあっという間だと思います。

それだけに、その短い人生くらいカッコ良く生きないともったいないと思うのです。

私が死んだときに、子供たちが「父さんは自分の好き勝手に生きたけれど、人の不幸を見て見ぬふりする人ではなかった」と言ってもらえたらうれしいと思うのです。

20171124_095904皆さんは、自分が死んだときに、自分の大切な人からどんな人だったと言われたいですか?

まだ「そして奇跡は起こった」を読んでいない方がいたら、ぜひ読んでみてください。

今日のひとこと
「短い人生くらい、カッコ良く生きなきゃ!」


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引用元について:
こちらの記事はhttp://blog.livedoor.jp/sugiiyasuyuki/archives/52115557.htmlより引用させて頂いております。