座右の銘

よく、各方面の経営者の方々は 「座右の銘」 をお持ちだと聞きます。
私は、そんな偉い皆様の足元にも及びませんから、「座右の銘」 などというたいそうなポリシーは持ち合わせておりませんが、「お金」について、昔から気を付けている言葉があります。
渇えても周粟(しゅうぞく)を喰らわず !  という言葉です。
子供のころ、私の周囲には、漢文を諳んじているようなおじさんやおじいさんたちがたくさんいました。明治、大正の人たちは、学校で、当然のように儒教や朱子学の流れをくむ勉強をしてきたのです。
その中で、誰かから言われたのが、この言葉。
「渇えても周粟を喰らわず。」
これは、たとえ飢え死にするようなことがあっても、周の国からの食料はもらわない。という意味で、古代中国の大国である「周」の武王が、その統一過程で、不義理な行いをしたことから、伯夷・叔斎(はくい・しゅくせい)という兄弟が、不義理な武王が統一する周の国の食料を食べるわけにはいかないと、山に入り、山菜だけを食べ、最後は餓えて亡くなったというお話からきているようです。
親戚のおじさん、おばさん(両親の兄弟、姉妹)を示す言葉で、伯父さんまたは叔父さん、伯母さん、または叔母さんという言葉がありますが、この言葉の語源になったのが伯夷・叔斎の兄弟。兄が伯夷、弟が叔斎。だから日本語でも年上の方が伯父さん、年下の方が叔父さんとなるわけです。
話は横道にそれましたが、私的には、この話 「渇えても周粟を喰らわず」 という言葉を現代に置き換えるとすれば、
「道理の通らない金は1円たりとも受け取らない。」
ということだと考えています。
社会に出て活躍すると、いろいろな誘惑があるものです。
地位が上がれば上がるだけ、それなりに誘惑を受ける機会が増えますし、誘惑そのものも大きくなります。
そんな時に、考えなければいけないのが、この「渇えても周粟を喰らわず」ということ。
このお金は本来受け取るべきではないもの。
この酒は飲んではいけない酒。
この食事は本来食べてはいけない食事。
こういうことに常に気を付けていないと、脇が甘くなるのです。
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学生時代の話。
喫茶店でガールフレンドとデートをしていました。
当時は喫茶店全盛時代で、雰囲気の良い喫茶店を見つけては、そこにたむろしたものです。
「帰ろうか」と席を立ってレジに向かい、財布の中から一万円札を取り出して支払を済ませると、受けとったお釣りの千円札が一枚多いのに気が付きました。
私は、何のためらいもなく、「一枚多いですよ」といって、千円を返しました。
お店を出てから、その私に彼女が「もらっておけばいいのに、馬鹿ねえ。」
確かに、そういうときに、「しめた!」 「ラッキー!」と言って猫ババする人もいるでしょう。
学生時代、お金がない時代に千円は大きいお金です。あれば、いろいろ使うことができます。でも、私は、そういうことの積み重ねがその人のお金に対する品格を作り上げると考えていますから、たとえ千円であっても、もらうべきでないお金はもらうべきではないという考えです。
そんな考えの私ですから、そのガールフレンドともしだいに話が合わなくなり、しばらくして喫茶店でお茶を飲むこともなくなりましたが、今の日本では、お金に関する基本的な教育が行われていませんので、最高学府を優秀な成績で卒業して社会で活躍しているような人でも、ちょっとしたことで躓いてしまうのでしょう。
私は、そういう考えですから、お金では釣られません。
嘘だと思うなら、私の目の前にいくらでも現金を持ってきてみてください。
いすみ鉄道の社長としていただいたお金は、すべていすみ鉄道の口座に入金してしまいますよ。
そのようにして、たっぷりあるところからいすみ鉄道にお金を持ってくるのも、私の仕事ですから。
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昨日、買い物をして、一万円札を出したら、千円多くお釣りを渡されました。
あれ?って思って、「一枚多いですよ。」と返しましたが、相手に不思議そうな眼で見られました。
やっぱり、一般的には、ラッキー!って猫ババしてしまうものなのでしょうか。
危ない危ない!
そうやって時々、神様から抜き打ちテストをされているのですね。
昔も今も変わらないことは、守らなければなりません。
30年以上前のデートを思い出して考えさせられた1日でした。

引用元について:
こちらの記事はhttps://www.torizuka.club/2010/06/16/%e5%ba%a7%e5%8f%b3%e3%81%ae%e9%8a%98/より引用させて頂いております。