精 進

元旦に届いた、愛読誌の月刊 『致知』 2月号。

今日は表紙を飾った落語家・桂歌丸師匠と歌舞伎役者・中村吉右衛門氏の対談から、芸歴60年以上を重ねたお二人の含蓄ある言葉を、抜粋・編集にて以下にご紹介致します。

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50年経ったから、人間国宝に認定されたからとはいえ、私には天分はないと思っています。 初代・吉右衛門は役者の神様と称されていましたが、私は凡人です。
凡人が高みに到達するためには、やはり日々の訓練・努力・修業を積み重ねるしかありません。 (吉右衛門)

前座時代、どうしても聞きたい噺があると、「あの~、お客様が師匠に〇〇をやってもらいたいっと言ってますけども」 と。 

すると、「そうかい。」と言って、やってくれる。
本当はお客様じゃなくて自分が聞きたいだけ。 じ~っと聞いていましたが、今はそういうことをする前座さんっていないですね。 
とにかく決まったことをきちんとやっていくという人が多い。 

つまらないと思いますけどね。 (歌 丸)

   

今でも覚えていますが、小学校高学年の時に、急に背が伸びてノッポになりましてね。 その上痩せておりましたので、腰高っていいますか、袴をはいても形にならない。
それで歌舞伎役者にあまり向いていないんじゃないかなと悩んでいた時に、(身の回りの世話をしてくれていた)ばあやがこう言ってくれたんです。
「あなたね、背が高い事を気にしているけれども、だったら上手になりなさい。 大きい人は舞台で目立つから、下手だと余計に下手が目立つ。 でも上手になれば、上手が人より目立つ。」
この言葉に発奮して努力してきました。 (吉右衛門)

今輔師匠からは、「褒めてくれる人は敵と思え。 教えてくれる人、注意してくれる人を味方と思え。 褒めてくれる人いうのは、芽が出てきた時に、プツンと摘むのと同じ。 褒められると、自分はそれでいいと思っちゃう。 教えてくれる人、注意してくれる人、こういう人が足元に一所懸命肥料を与え、若木を大木に育て、花を咲かせ、実らせようとしてくれる。」 と教えられました。 (歌 丸)

歌舞伎の世界でも全く同じです。 私は幸いなことに、叱る方ばかりが周りにいらっしゃったから、ありがたかったですね。 その上、やる気を削ぐような叱り方はなさらず、逆に 「なにくそ! やってやるぞ!」 と奮い立たせるように叱ってくれるんですね。 
叱る方がちゃんと相手を見てくれているところが素晴らしい、やはり名優になられる方だけのことはあるな、と。
今度は自分が若い方を教える立場になって、つくづく難しいなと感じているところです。 (吉右衛門)

師匠からは、「噺家なんだから、苦労するのは当たり前だ。 ただし苦労をするなら、何年か経った時に、その苦労を笑い話にできるようになりなさい。自分の努力次第で苦労の壁は乗り越えることもできれば、打ち破ることもできる」とも言われました。
私自身若い頃は本当にお金がなくて、道を歩く時に(小銭が落ちていないかと)下を見てばかりいた時もありましたし、給金の不満から落語協会を飛び出して化粧品のセールスやメッキ工場に勤めたこともありました。
でもそういう苦労は全部、芸に繋がりました。 枕でもって貧乏のことやら何かを笑っていただけるようになりましたから。
苦労をした人間は他人の苦労が分かるってよく言いますょね。
だけど、苦労を知らない人間は他人の苦労が分からないから、下手すると薄情に見られることもある。
だから苦労をした方が得なのかなって感じています。 (歌 丸)

         ◆     ◆     ◆     ◆
 

〝若い時の苦労は買ってでもしろ〟と先人は仰っていますが、私はその通りだと思います。

現代は褒めて育てることが持て囃されていますが、果たしてそれだけで良いのでしょうか?

最近の若者はすぐ折れるとか堪え性がないと言われますが、それは彼ら自身ではなく、育てた親や教師側に問題があるのかも。

昨日拙ブログで取り上げた桂三木助さんも、落語界に入った時に歌丸師匠と考え方や育てられ方が同じだったら、自らの命を絶つことはなかったかも・・・。うー

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-12234275461.html?frm=themeより引用させて頂いております。