金 網

子供の頃からプロレス・ファンだった私には、ジャイアント馬場・アントニオ猪木ら記憶に残るレスラーが何人もいますが、その理由はいずれも強かったから。

しかし中には、(決して弱くはなかったのですが)パフォーマンスというか個性で忘れられない選手が。 

今日は、その中の1人、

 ラッシャー木村 選手

の命日・七回忌にあたります。


木村選手(本名:木村 政雄) は1941(昭和16)年の北海道中川郡生まれ。

小さい時からプロレスラーになるのが夢だったそうで、その基礎体力をつけるため高校を中退して大相撲・宮城野部屋入り。

入門のキッカケは部屋に稽古の見学に行った際、親方から「いい身体してるな。 ウチに入らないか?」と誘われ、ちゃんこをご馳走になったため断れなかったからだとか。

しかし初心貫徹・・・幕下20枚目まで上がったところで「十両に上がったら辞められなくなる」と親方の慰留を振り切って1964年に部屋を飛び出し廃業、その翌月に日本プロレス入り。

その後豊登選手の付き人をしていたことで、彼について東京プロレス→国際プロレスに移籍。

ラッシャー木村のリングネームで活躍し始め、1969年にはサンダー杉山と組んでTWWA世界タッグ王座を獲得。

私がテレビで彼のファイトを初めて観たのは、この時分だったと思います。

そしてアメリカに武者修行に出かけた後帰国した彼の名を一躍有名にしたのは、1970年10月に大阪で行った、日本初の〝金網デスマッチ〟。

以降連勝を続け、彼には〝金網の鬼〟という異名がつけられました。

その後各団体で活躍した木村選手でしたが、何といっても記憶に残るのは、彼の〝マイク・パフォーマンス〟。

        

全日本プロレスからノア時代にかけて、リング上でマイクを握って相手を挑発(?)するトークは、独特のユーモアというか味が絶品。

1981年に試合開始前に「こんばんは」とKY(?)な挨拶をかましビートたけし師匠にギャグにされて以降は、試合よりもこの喋りを聞きに会場に足を運んだファンも多かったのではないでしょうか?

その人気ぶりにテレビのバラエティー番組に出演するなど、幅広く活躍。

しかし身長186cmで体重は全盛期で125kgあったという彼も、年齢と共に身体の筋肉は落ち、ジャイアント馬場選手の記録を抜いて現役最年長記録を更新したものの、2004年・63歳で現役引退を表明。

引退後に脳梗塞で倒れたそうですが、プロレスラー仲間の見舞いを頑なに断り続けたのだとか。

やはり車椅子に座る自分の姿を後輩には見せたくなかったんでしょうネが・・・その気持ち、分かる気がします。

そして2010年5月24日、誤嚥性肺炎により68歳でこの世を去りました。

約40年の長きにわたってプロレス界を支えた名物レスラーのご冥福を、伝説のマイクパフォーマンスを観ながらお祈り致しましょう。笑3

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-12075461597.html?frm=themeより引用させて頂いております。