風雲児


〝風雲児〟というと、最近では某市長が以前〝茶髪の風雲児〟のキャッチフレーズでテレビに登場したことが思い出されますが、私の記憶の中でこの代名詞を最初に奉られたのは、


 中江 滋樹(しげき)


という人物。


1954年生まれの彼が投資コンサルタントを生業とする 『投資ジャーナル社』 を設立したのは1978年…24歳の時。


「絶対に儲かる」と業界誌や自社発行誌で派手な宣伝を行なったり、保証金を積めば預かり金の10倍もの融資を受けられると謳い、顧客に「預り証」を発行する形で7,684人から約580億円もの現金を集めます。


政財界から大物を集めてパーティーを開いたり、従業員を引き連れて連夜銀座で豪遊するなど、その派手な行動から〝兜町の風雲児〟と呼ばれました。


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しかし今から28年前の今日・1984年8月24日、大蔵大臣の免許なしに株取引を行ったとして警視庁は同社及びグループ会社を一斉摘発。

同社はあえなく倒産しましたが、彼自身はその直前に妻や愛人らと海外逃亡。


ここまでは、5月に我が母校・慶應義塾大学の学生が引き起こした巨額投資事件と酷似していますネ。


しかし彼は翌年6月19日、帰国したところを詐欺容疑で逮捕されます。


(※この前日に豊田商事の永野会長が自宅で刺殺される事件があり、同様の襲撃を恐れた彼が自ら出頭を申し出た、ともいわれました。)


1989年に懲役6年の実刑を受け収監。
3年後に仮釈放で出所したものの、1998年には暴力団関係者から預かった数十億円を持ち逃げして行方不明に。


当時は裏社会の手により抹殺されたのでは?・・・などと囁かれましたが、意外なところからその消息が分かりました。


2006年、実家に戻っていた彼が近所のふとん店や実家に放火し、現住建造物放火未遂で再逮捕されたのです。

原因は犬の糞を巡ってトラブルになった逆恨みだったようですが、なぜ自宅に火をつけたのかは全く不明・・・周囲と様々なトラブルを起こしていた彼は、結局精神病のため措置入院となったとか。

兜町の風雲児〟の末路は〝近所の問題児〟・・・だった? うー

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11255378783.html?frm=themeより引用させて頂いております。