忍

2009-03-15 07:07:07
テーマ:

どの世界にも、 「凄い!」 としか言いようのない方がいらっしゃるものですが・・・先頃、〝芸能生活85周年(!)記念公演〟を行われた女流・三味線漫談家がおられます。 その方の名は・・・

玉川 スミ 師匠

大正9年生まれの90歳にして、現役バリバリ。驚き顔

しかし師匠が歩んでこられた道は・・・。

彼女が生まれて一週間後に両親が離婚。 父親の浪曲師・桃中軒雲工の手ほどきを受け、3歳にして初舞台を踏むなど幼少より天才少女浪曲師と呼ばれるも、酒に溺れた父に27円で興行師に身売りされ・・・以来14歳までに13回も親が変わるという辛酸を舐めたそうです。

しかも7歳の時には、引き取り先である民謡一座の座長を務めさせられ、座員を食べさせるためにチンドン屋さんの仕事やサーカスのブランコ乗りまでしたのだとか。

昨年2月には転んで顔や手に大けがを負い、その後心臓発作で入院したら肝臓がんが見つかって手術をされ、その後に記念公演を敢行されました。

この師匠のインタビューが、月刊 『致知』 4月号に掲載されていました。 

凄まじい人生経験を通して語られる含蓄に富んだ師匠の言葉を、抜粋・編集にてご紹介させていただきます。

          ◆     ◆     ◆     ◆

身売りされてからは厳しい修業の日々が始まりました。 朝6時に起こされると、ハタキとホウキを持ってお部屋の掃除。 米研ぎに洗濯、ご飯を食べて台所を始末したら、今度は踊りの稽古だ、三味線の稽古だと、芸事を全部教わりました。

とにかく遊ぶ暇がなく、外にいる子をうらやんで見ていると、「どこ見てんだぁ」 とバチでパシッと叩かれて。 ほら、まだ額に7針縫った跡が残ってる。 そのくらい昔の親は厳しかったもんです。

だけど、厳しくても辛くても、養父母と暮らした3年間ほど、私にとって幸せな時代はなかったですね。 いくら叩かれても、他人の子にあれだけの愛を示して育ててくれた人方(ひとがた)の恩というのは、言い知れぬほどありがたいものです。

今の親たちは子供をちゃんと折檻しない。 だから親がなめられるの。 

引っ叩かれるとね、その痛さ・辛さの意味が大人になってから分かるんですよ。 その時の痛みが必ず懐かしい思い出に変わる。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-玉川スミ

若い芸人でも、伸びるか伸びないかは、立った姿で分かります。 それだけ修業しているか、していないかですよ。 でも厳しい修業に耐えられない者も多い。

やっぱり、育ちですよ。

子は親の背中を見て育ちますから、親はもっとしっかりしないといけませんね。 親は我が子を世に送り出すまでは、本当はのんびりなんてできない立場なんですよね。

私は弟子にだって、よく怒りますよ。 皆、何かといえば怒られている。(笑) ですけど、「まぁまぁ今日はよくできましたね、ご苦労様。」 なんて教えられたら、ろくな芸を覚えられません。 怒られてこそ、初めていい芸が生まれてくる。

私、サインを頼まれるといつも〝忍〟という字を書くんです。

この頃の人は何かといえば 「キレる」 というけれど、私に言わせたらあんまり賢い人間じゃない。 その前に、自分に落ち度はなかったかとなぜ考えられないのかしら。

人間っていうのは人生に立ち向かって、どれくらい忍耐をしなきゃいけないか。 いい友達を作ろうと思ったら忍耐をしなきゃ。

自分勝手で、言いたいことだけ言ってたら誰も寄ってきませんわ。

          ◆     ◆     ◆     ◆

先日、師匠の許に届いた一通の手紙・・・文面には、こう書いてあったそうです。

「辛いことがあって、この世の名残に浅草を見物してから死のうと考え、演芸ホールに入って貴女の人生を聞かされて、『死んじゃいけないよ』 と意見されたように思った。 この人の人生に比べたら自分は何て恵まれているんだろう。 もう一遍生まれ変わってやってみようと思いました。」

嗚呼・・・自分の甘さを、とことん思い知らされます。泣き1 



こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10221086393.html?frm=themeより引用させて頂いております。