しゃんめぇ

皆さんは、日本経済新聞・朝刊最終面に掲載されている、

 『私の履歴書』

というコラムをご存知でしょうか?

1956年から始まったというこの超長期連載記事は、1ヶ月毎に各界の著名人が交代で自伝(半生記)を執筆しています。

日経新聞だけに大企業の経営者が多いですが、政治家・芸術家、さらにはスポーツ界の大立者も登場。

内容は十人十色ですが、中には 「今だから言える・・・」 という、読者が思わず 「へぇ、そうだったのか!」 と驚くような告白ネタもあり、結構面白いんです。

ただご本人が書かれていますから、それが客観的事実かどうかは知る由もありませんし、どうしても手前味噌になる嫌いは無きにしも非ずですが。あせあせ

さて、掲載を願う名士がおそらく大勢いるであろうこのコラムに、今月から登場したのは異色(?)の人物。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-青木功

それは、宮本留吉氏・ジャック・ニクラウス氏に次いで3人目の登場となるプロゴルファー、

 青木 功 氏。 

1942年生まれの青木氏は現在68歳。

千葉県我孫子市に生まれ、地元の名門コース・我孫子ゴルフ倶楽部で14歳の時からキャディーを努め、中学校卒業後1964年にプロテスト合格。


以来ツアー通算52勝は国内2位。 ジャンボ尾崎選手、中島常幸選手と〝AON時代〟を築き、日本ゴルフ界の発展に大きく貢献したことは皆さんもご存知の通り。

私がそんな青木氏を尊敬する最大の理由は・・・率先して海外ツアーに挑戦し、日本人プロゴルファーのアメリカツアー挑戦の道筋をつけたことです。


丸山茂樹選手の参戦や現在の石川遼選手のアメリカでの活躍も、青木選手の渡米がなければ実現しなかったかもしれません。

1980年のU.S.OPEN、バルタスロルでのニクラウス氏との4日間同組での死闘は今もってゴルファーの語り草ですし、ハワイアンオープンで最終日・18番ホール〝奇跡のチップイン・イーグル〟を決めての初優勝・・・今でもあのシーンは鮮明に覚えています。

そして50歳過ぎてからUSシニアツアーを転戦・・・ニクラウス氏をつかまえて Hey,Jack!ファーストネームで帝王を気安く呼ぶ日本人は、青木選手くらいでしょう。

「一生大好きなゴルフをしていたい」・・・その思いだけで、英語が全く話せないのにアメリカツァーに飛び込んだ青木選手のポジティブ思考・チャレンジ精神は、大いに見習うべきですょネ。

TV解説でも、飾らない語り口で多くのゴルフファンを楽しませる彼の口癖が


〝 しゃんめぇ 〟

これ、水戸弁で 「しょうがない」 という意味なのですが・・・この一言こそが厳しいプロゴルフ界で生き抜いてこられた秘訣なのかも?

1日から始まった連載は、TV解説と同様の〝青木節〟が全開。

今日の朝刊では、中学を卒業して林由郎に弟子入りし、松井功プロとの出会った所まで話が進み、これからプロゴルファー生活のウラ話が佳境(?)・・・いよいよ楽しませてくれそうです。笑2

我孫子のガキ大将の半生記、是非お読みになってみてください。



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10447741699.html?frm=themeより引用させて頂いております。