なぜなぜ坊や



あのノーベル賞には、なぜに数学賞がないのか?

それは、創始者・ノーベルが思いを寄せていた女性を奪ったのが数学者だったから・・・という逸話、ご存知でしょうか?


まぁ、この話が真実かどうかは不明ですが・・・それではあまりに数学者が可哀想ということで、カナダ人数学者J・C・フィールズ氏が提唱し創設されたのが、『フィールズ賞』


この数学界最高権威である栄誉は1936年から4年に1度、顕著な業績をあげた40歳未満の将来有望な数学者に授与されますが、今から41年前の今日・1970年9月2日に日本人で2人目の受賞者となったのが、


 広中 平佑 氏


私は当時小学生でしたが、結構大きな話題になったことを憶えています。


子供心にも、数学に対して興味をそそられましたが・・・そのせいでしょうか、文系のくせに今でも数学は好きですし興味もあります。


しかし受賞を決定付けた広中氏の研究・〝標数0の体上の代数多様体の特異点の解消及び解析多様体の特異点の解消〟・・・その表題すらチンプンカンプン。あせあせ


その広中氏は、1931年に現在の山口県岩国市に生まれました。

学徒動員も経験した戦中派で、京都大学理学部からハーバード大学へ留学し、更にその期間中パリの高等科学研究所の客員研究員にもなりました。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-広中平佑

留学中から研究に取り組んでいた特異点解消の研究に関して1964年に発表した論文が評価されての受賞だったのです。

経歴からして、間違いなく秀才。

しかも当初はピアニスト・作曲家を目指して高校生まで独学を続けたというのですから、その才能はオールマイティーだったようです。

そして数学にのめり込むキッカケは中学1年の時に、姉が悩んでいた因数分解の問題を覗き見したこと。 


教科書の公式を見ただけで簡単に解けたのが面白い・・・と思ったことだそうですから、私のような凡人とはレベルが違い過ぎます。

でも広中氏が世界的な数学者になった背景には、母親の存在が非常に大きかったようです。

子供の頃から好奇心が非常に強かった広中氏は、分からないことがあると質問しまくるため、お母さんから 「なぜなぜ坊や」 と言われていたそうな。

そういうお子さんは(私を含め)世の中には沢山いると思うんですが、彼のお母さんはそこからが違っていました。

自分でも分からないことがあると知ったかぶりをするでもなく、また突き放すこともせず、我が子の手を引いて町内の医者や神主を尋ね、一緒に学ぼうとしたのだそうです。驚き顔 ヘェ~


現代のママさんたちは、子供が1,2人でも中々ここまではしないでしょうが、更に驚くべきは、広中家は父親が3人、母親が1人の子連れ再婚であり、更に結婚後生まれた子が11人・・・つまり15人もの子供がひしめく大家族 (※広中氏は7番目) だったこと。

子供の才能を伸ばすも潰すも、親の接し方ひとつ・・・ということでしょうか

1975年に昭和生まれ初の文化勲章も授与された広中氏ご自身も、子供教育の重要性を認識されているようで、1984年に(財)数理科学振興会を設立。


1992年から毎年小学生を対象とした 「算数オリンピック」 を主宰しています。

小学生以下のお子様をお持ちのお父さん・お母さん!

我が子の才能を開花させるべく、これからは 「なぜなぜ親子」 になって将来の算数オリンピック出場を目指してはいかが?笑2



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10903715362.html?frm=themeより引用させて頂いております。