ままや


今日は、ちょうど30年前に飛行機事故で亡くなった脚本家・エッセイストにして直木賞作家でもあった


 向田 邦子 さん


の命日にあたります。


1929年に東京・世田谷に生まれた向田さんは、父親が保険会社勤務の転勤族だったため、鹿児島や高松、仙台など様々な土地に移り住み、そのことが大きく彼女の人生に影響を与えたといいます。


実践女子専門学校(現・実践女子大学)を卒業後、財政文化社での社長秘書をや雄鶏社での映画雑誌編集者を経て、39歳でフリーライターとして独立。

              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-向田邦子

1975年に乳癌の手術を受け、その時の輸血が原因で右腕が動かなくなる後遺症に苦しめられ、左手で原稿を書くなどの苦労をされたようですが、1980年には短編集で直木賞を獲得。


彼女が脚本を手がけたTVドラマ 『時間ですよ』、『寺内貫太郎一家』、『阿修羅のごとく』 などは楽しませていただきました。

しかし1981年8月22日・・・取材で訪れていた台湾で台北から高雄に向かう途中、搭乗していた遼東航空機が墜落。

ますます活躍が期待されていた気鋭の文筆家は、51歳という若さで帰らぬ人となってしまいました。

残念ながら私自身は彼女の著書を殆ど読んでおりませんが、我が家には大変お世話になっている本が1冊あります。

それは、こんな料理の本。(

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-向田邦子

「本当は板前になりたかった」という向田さんは、妹の和子さんとともに 『ままや』 という小料理屋を出すほどの料理好き。


〝蓮根のきんぴらや肉じゃがをおかずにいっぱい飲んで、おしまいにひと口ライスカレーで仕上げをする、ついでにお総菜のお土産を持って帰れる、そんなお店をつくりました〟


開店時の挨拶状にこう書かれた通り、実に家庭的なお店だったそうですが、女房が結婚してすぐに買ってきたこの本は、そのスタイル通りの内容。


著者は邦子さんが亡くなった後も店を切り盛りしていた和子さん (※残念ながら、現在は閉店) ですが、料理のアイデアはお姉さんのもの。


有り合わせの食材で手早く作る、という我が家のポリシーにピッタリの内容・・・おそらく利用頻度が最も高い料理本でしょう。


亡くなる前日、台湾から妹の和子さんにかけてきた 「中華料理が安くてうまいから、皆で行きましょう」 という電話が最期の言葉となった、自他共に認める〝女流食いしん坊作家〟のご冥福をお祈り致します。笑3


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10895775037.html?frm=themeより引用させて頂いております。