アイデアマン

おそらく日本で最も有名なドラッグストア・『マツモトキヨシ』

女性の間ではマツキヨでお馴染みのユニークなネーミングですが、今日は店名にその名を残した創業者、

 松 本 清 氏

の命日にあたります。

松本氏は1909(明治42)年に、現在の我孫子市にある農家に生まれました。

彼が小学生の頃、学校で一番偉かった校長がペコペコしていた視学(現在の教育長?)が、たまたま所要で来校していた県会議員に道を譲ったのを見て、

「オレは、大きくなったら県会議員になる!」

と決心したのだとか。

それを聞いた母親は「バカなことを・・・」 と怒ったそうですが、戦後彼が本当に県議になった時は大変驚いたそうです。

14歳で丁稚奉公に出されたものの、そこでめきめきと頭角を現した彼は星製薬商業学校の夜学へ通うことを許されます。

そして同校を卒業した松本氏は、23歳の時に 『松本薬舗』 を設立。

子供の頃の決意がそうさせたのか、彼は会社経営と同時に政界進出を目論み、33歳で見事町会議員に当選。 

そして5年後には千葉県議会議員に当選し、2期務めました。

実は 『松本薬舗』 を 『(有)マツモトキヨシ』 に改名したのは、その選挙運動のためでした。

選挙運動で自分の名前を連呼していた彼が、「どうせなら薬局の名前も 『薬局マツモトキヨシ』 にしよう」 と閃いたのだとか。

実に狡猾というか、要領がいいというか・・・。あせあせ

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-松本 清

県議会議長も務め、見事子供の頃の願いを実現した松本氏に、今度はスキャンダルで引責辞任した松戸市長の後任候補として白羽の矢が。

合併したとはいえ、松戸市内で選挙運動をしたことのない彼は渋りますが、地元国会議員の説得により出馬を決意・・・そして見事当選を果たします。

無給で市長職を務めるなどユニークな施策を次々打ち出す松本氏の名を最も有名にしたのは1969年、全国初となる 『すぐやる課』 の設置でした。

また選挙の低い投票率を上げるため、投票者を対象としたくじを考案・実施してしまうなどの発想や実行力は、役人目線ではなく顧客(市民)目線・・・まさに市制に経営感覚を持ち込んだものと言えましょう。

2期目に入り市長としてますます活躍をしていた松本氏が心不全で急逝したのは、今から38年前の1973年5月21日のことでした。

彼がいかに市民から支持を得ていたかは、松戸市内に 『松本清記念会館』 が建ち、そして現在でも 『小金きよしヶ丘』・『小金清志町』 と彼の名がつけられた地名や公園が存在することからも伺えます。

第1号店なのに、「会社の規模が大きく見えるように」 と、壁面に〝21号店〟と大書きするなどのアイデアマン、そして一流のビジネスマン・為政者であったマツキヨ・・・おっと失礼、松本清氏のご冥福をお祈り致します。笑3

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10802310666.html?frm=themeより引用させて頂いております。