
クニャクニャ
今日は、私の大好きな20世紀初頭・ロマン派を代表する作曲家・ピアニスト、
セルゲイ・ラフマニノフ (Sergei Rachmaninoff )
の命日にあたります。
1873年、貴族の家系に生まれたラフマニノフは5歳で母親からピアノの手ほどきを受け、やがてモスクワ音楽院ピアノ科に進み、ここを大金メダルを受賞して卒業します。(※この時、小金メダルを受けて卒業したのが作曲家・スクリャービンでした。)
1892年には同音楽院作曲科も金メダルを受賞して卒業しますが、1897年に初演された交響曲第1番が批評家に酷評され、自信喪失に陥ってしまったのだとか。
しかし精神科医ニコライ・ダーリの「貴方は素晴らしいピアノ協奏曲を作る!」という心理療法を受けて立ち直り、その後作曲しダーリに捧げたピアノ協奏曲第2番を自身の演奏により初演、好評を博しました。
スポーツ選手だけでなく、芸術家にも心理療法は有効なんですネ。
1918年、ロシア革命を逃れて家族と共にアメリカに亡命。 その後は演奏家として精力的にコンサート活動を行い(※彼の作品は、大半がアメリカ亡命前に作曲されたそうです。)ましたが・・・急性黒色腫に侵されてしまい、1943年3月28日に米・ビバリーヒルズで70年の生涯に幕を閉じたのです。
ところで、彼は身長192cmの大男で、何と言ってもその手の巨大さは際立っていました。
ピアノを弾く方はお分かりいただけると思いますが・・・彼は右手の人差し指でド音、中指でミ音、薬指でソ音、そして小指でオクターブ高いド音を押せたばかりか、その四指を鍵盤から離さず、親指を小指の下を通してその先のミ音の鍵盤を押せた! というのです! ナニソレ・・・
大きいだけでなく、クニャクニャと柔らかい「特殊な手」を持っていたラフマニノフ ・・・そんな彼が作曲したピアノ曲は、とても普通の手の大きさでは弾けないような音符がゴロゴロ。
私の手許には、ラフマニノフの自作自演CDが1枚だけあります。(↓)
〝ピアノ協奏曲第2・3番〟
録音は2番が1929年、3番が1940年と大変古いのですが、演奏は大変に重厚で太く、十分に聴かせてくれます。
今宵は、彼のタコのような手が鍵盤上を動き回る様子を想像しながら、ロマン派の香りを漂わせる名曲を楽しむつもりです。
こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10212081058.html?frm=themeより引用させて頂いております。

