ジェシー

昨日、一人の元人気力士が65歳の定年を迎え、大相撲協会を去りました。

現役時代〝ジェシー〟の愛称で多くのファンから愛された、

 元・関脇 高見山 大五郎 

・・・現・東関親方、いや今日からは渡辺大五郎氏ですネ。

フットボール選手として期待されていたハワイ生まれのジェシー・J・W・クハウルワ少年は、高校時代に交通事故で下半身を負傷してしまい、将来プロに進む夢を断たれてしまいます。

大相撲のハワイ巡業が行われた際、その体格を見込まれ高砂親方にスカウトされたジェシーは 「5年間衣食住保障」 という条件で相撲界入りを決意し来日、史上初の外国人力士となりました。

しかし日本語が全く分からず、また当初はチャンコの味に馴染めずにケチャップをかけて食べていた彼は、部屋の力士達に大変カワイがられた(※相撲用語ではシゴかれる、という意味)とか

パスポートを親方に預けていたため帰国することもままならず、山手線に乗って泣きながら何時間もグルグル回っていたエピソードは有名ですネ。

また独特のしわがれ声は生来のものではなく、扁桃腺の手術を受けた翌日に無理やり稽古をさせられ、ノド輪攻めを受けたことが原因だったそうです。

股割りの辛さに目に涙を浮かべながらも、「目から汗が出た」 と言い張ってガンバった高見山関は、192㎝という恵まれた体格を生かしてグングン頭角をあらわし、1968年に新入幕。

翌年小結に昇進すると、1972年には遂に幕内優勝・・・当然のことながら、外国人力士初の快挙でした。

表彰式で、当時のニクソン大統領からお祝いのメッセージが読み上げられたのですが、まさにこの時こそが大相撲の国際化の幕開けだったのかもしれません。

(もっともこの時点で、現在のようにモンゴル勢を筆頭にここまで外国人力士が大相撲を席巻するとは、誰も予想しなかったでしょうけれど・・・。)

その後関脇まで番付を上げ、初代貴ノ花関との名勝負でファンを熱狂させたものの、交通事故の影響が残る足腰の脆さが災いし、遂に大関昇進の夢は果たせず・・・40歳を目前にした1984年に惜しまれつつ引退。 


幕内在位97場所は現在でも破られていない最長記録、本当に息の長いお相撲さんでした。

引退表明した直後、相撲がお好きだった昭和天皇が、


高見山はなぜ辞めたのかね? 残念だったろうな。」


と文部大臣におっしゃられたというエピソードがあったそうですが・・・それ程までにファンに愛された、〝日本人以上に日本人らしい〟力士でした。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-東関親方

引退後も彼が相撲界に残る意向があることを知った協会側は、親方になる資格として 「日本国籍を有する者」 という条項を加えたそうですが、日本人女性と結婚した高見山関は1980年に日本国籍を取得し、晴れて東関親方となります。

その後は大関・小錦をスカウトし、また外国人力士初の横綱・曙を育成。 また最近では人気力士・高見盛を育てるなど、相撲界に多大な貢献をされました。

私たちは東関親方の功績に心から敬意を表すると同時に、彼の生き様を通して現在の日本で忘れられがちな 「忍耐」 や 「努力」 という大切な事を、謙虚に学ぶべきではないでしょうか。

親方、長い間本当にお疲れ様でした。笑2


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10255087568.html?frm=themeより引用させて頂いております。