セ ベ

2011-05-09 07:07:07
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私が社会人になってゴルフを始めた頃、憧れのプロゴルファーだった、


 セベリアーノ・バレステロス

  (Severiano Ballesteros


以前から脳腫瘍で闘病中だったことは知っていましたが、今月7日に亡くなったというニュースは、彼より僅か1歳年下の私にとって大変ショッキングでした。


1957年、スペイン・カンタブリア州で4人兄弟の末っ子として生まれたセベは、キャディーのアルバイトをしていた兄の影響で早くからゴルフクラブに馴染み、元オリンピック選手だった父親の運動神経を譲り受けたのかメキメキ上達・・・12歳でスクラッチ・プレーヤーの実力を身につけ、16歳でプロ入り。


1976年には19歳で欧州ツアーの賞金王に輝き、私が社会人になってゴルフを始める2年前の1979年には22歳で全英オープンを制し、世界のトップ・プレイヤーの仲間入りをしていました。

        ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-セベ

メジャー5勝 (1980、83年のマスターズ優勝と3度の全英オープン優勝) を含め、世界ツアー通算91勝。

その中には1977,78年の日本オープン連覇やVISA太平洋マスターズ・フェニックストーナメントの優勝なども含まれています。

最も印象に残るプレーは、1979年の全英オープン最終日。


優勝争いの中迎えた16番ホール・・・ティーショットを臨時駐車場に打ち込み万事休すと思われたところ、クルマをどけてベアグランドから放った第2打は、何とピンそば4mにナイス・オン。

これを1パットで沈めてバーディー・・・優勝を決定づけたこのミラクル・ショットは、今でも語り草です。


またプライベートでも大富豪の令嬢と恋に落ち、ゴルフの実績を積み重ねることによって彼女の父親に認めてもらい見事ゴールインしたことは、有名なサクセス・ストーリー。


しかしそれまで疾風怒濤の如くフェアウェーを駆け抜けた彼は、結婚によって人生の目標を完遂したかの如く、90年代に入ると急速に輝きを失ってしまいました。


同年代のプレーヤーたちがシニアで再び輝きを取り戻す中、腰痛に悩まされてスランプに陥った彼は2007年にトーナメントからの撤退を表明。

そしてその翌年、マドリード空港で脳腫瘍により倒れ病院に搬送・・・以来治療を続けていましたが、遂に帰らぬ人となってしまいました。


しかし 「アイアンのフェース幅はボール1個分あれば十分」 と豪語する彼のマシンのように無駄のない正確無比なスイングは、私の頭の中に今でも映像としてクッキリと残っています。


ダンロップ社のボールCMで繰り返し映し出される、黄色いウェアに身を包んだ彼の惚れ惚れするような美しいスウィングを食い入るように何度も見たことが、懐かしい思い出・・・。


〝スペインの星〟と嘔われた天才ゴルファーのご冥福をお祈り致します。笑3



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10884341692.html?frm=themeより引用させて頂いております。