パリダカ

2012-01-19 07:07:07
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〝パリ・ダカ〟といえば、レース好きの方ならずとも、世界一過酷といわれるダカール・ラリーのことであることはご存知でしょう。

1978年から毎年開催されている同ラリーは、元旦(もしくは12月末)にフランス・パリをスタートし、セネガルの首都・ダカールまでの約12,000kmを走破するもので、毎年のようにケガ人はもちろん死者まで出るという、まさに命懸けのモーター・スポーツ。

そして今から15年前の今日、日本人初の総合優勝を果たしたドライバーこそ

 篠塚 健次郎 氏

俳優・三浦友和さんの義兄でもある篠塚氏は1948年、東京都大田区生まれ。

東海大学在学中からラリーを始め、卒業後入社した三菱自動車工業でファクトリードライバーを務め、1971,2年に全日本ラリー選手権2連覇。

1976年にはサファリ・ラリーで日本人最高の6位に入賞するなど、日本を代表するラリー・ドライバーとして活躍。

そしてパリ・ダカには1986年から参戦すると、毎年のようにベスト10入りを続け・・・そして遂に念願の初優勝ゴール・インを遂げたのが1997年1月19日のことでした。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-パリダカ

当時このニュースは大きく取り上げられ、使用した三菱パジェロは大きく販売台数を伸ばし、空前の四輪駆動ブームを巻き起こしました。

菱自動車のサラリーマンだった篠塚氏は、おそらく同社史上最も売り上げに貢献した社員だったでしょうネ。

翌年は惜しくも総合2位、2年後も4位と気を吐いた篠塚氏でしたが、総合3位に入った2002年には三菱自動車を退社。

日産自動車に移籍し2007年まで出場を続けたものの、完走できたのは最終年だけでした。

彼の名を高めたパリ・ダカも、重大事故やテロの標的にされるなどの要因で現在は南米で開催され、また不況により三菱・日産などの日本車メーカーは全てワークス参戦を取りやめているため、殆ど日本で話題にのぼることはなくなってしまいました。

F1レース等のモータースポーツは今、パワーとスピードのみを追求するスタイルから大きな転換を迫られている、といえましょうか。

それを象徴するレースに篠塚氏がドライバーとして再び登場したのは、3年前のこと。

2009年10月にオーストラリアで開催された 「ワールド・ソーラー・チャレンジ」 というソーラーカー・レースに母校・東海大学が制作した〝Tokai Challenger〟のドライバーとして出場し、平均時速100.45km/hでブッチギリの優勝。 驚き顔 ハヤッ


翌2010年に連覇を達成した篠塚氏・・・パリ・ダカのヒーローは、第二の自動車産業発展に大きく貢献してくれるかもしれませんネ。扇子


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11047713834.html?frm=themeより引用させて頂いております。