フジタク

今日は、嘗て存在感のある名脇役として映画・ドラマで活躍した

 藤岡 琢也 氏

の命日にあたります。

1930年に兵庫県姫路市に生まれた藤岡氏は、非常に成績優秀で広島陸軍幼年学校に進みましたが、在校時に終戦を迎えます。

その後関西学院大学文学部に入学するも大病を患い翌年に退学・・・7年に渡り療養生活を余儀なくされました。

退院後知己を頼って芸能界入りを目指した藤岡氏は、1957年に上京して劇団入り・・・しかし平凡な顔立ちから、主に声優として活動していたそうです。

しかし1966年にNHKドラマ 『事件記者』 に急遽代役として出演したことがキッカケで名前が売れ、映画・TVに俳優として出演できるように。

やや地味な存在ながら、青年時代から石原裕次郎・勝新太郎・長門裕之各氏らと親交が深く毎晩のように遊んだり、また森繁久弥氏にかわいがられるなど芸能界での人脈は中々のものだったとか。

中堅管理職や社長、また父親役など、幅広い役どころで活躍されましたが、私としては 『太陽にほえろ!』 等に出演した〝ベテラン刑事役〟が強く印象に残っています。

 

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-藤岡琢也

1984年以降、橋田壽賀子氏のドラマに出演するようになり、特に1990年から始まった人気ドラマ 『渡る世間は鬼ばかり』 では5人姉妹の父親役を好演・・・2006年に病気のため降板するまで、視聴者を楽しませてくれました。

晩年は、キムタクをもじって〝フジタク〟と呼ばれた(ホント?)あせあせ 藤岡氏でしたが、『わた鬼』 降板して数ヵ月後の2006年10月20日、慢性腎不全により76年の生涯に幕を閉じました。

藤岡氏というと、個人的にはドラマや映画での出演よりも、CM作品で強く記憶に残る方でした。 それは何といっても

 

 『サッポロ一番みそラーメン』

即席ラーメンの超ロングセラー商品としてお馴染みのこの商品の発売開始は1968年。 


その翌年から2004年までの35年間にわたって出演し続けていたわけですから、もう完全に〝顔〟でしたネ。

「ファミリー層をターゲットに、幅広く親しみを持たれるタレント」 として、メーカーが藤岡氏に白羽の矢を立てたそうですが、結果的にその狙いは大正解・・・商品単品ばかりでなく、みそラーメンの認知度さえも上げる程の影響力がありました。

CM自体が、藤岡氏の半生をも映し出してもいましたネ。

「旨さ札幌にあり!」・・・どんぶりを手にしながら微笑みかける姿を偲びつつ、〝フジタク〟さんのご冥福をお祈り致します。笑3



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10581997615.html?frm=themeより引用させて頂いております。