ポマード

2012-07-01 07:07:07
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今日は昭和末期から平成初期にかけて活躍し、20世紀末に総理大臣を務めた


 橋本 龍太郎

の命日・七回忌にあたります。

個人的には、現在話題となっている消費税に深く関わったことで記憶に残る政治家でした。


橋本氏は1937年、大蔵官僚から衆議院議員に転じた橋本龍伍氏の長男として東京・渋谷に生まれました。


麻布中学~麻布高校から慶應義塾大学法学部に進学した龍太郎氏は、剣道部で活躍。 


しかし父親が跡継ぎにと考えていたのは次男・大二郎氏(NHK~高知県知事)だったそうで、龍太郎氏本人も政治家になる気はなく、卒業後は呉羽紡績に入社。


しかし運命のいたずらは、大きく彼の人生を変えてしまうことに。


社会人3年目の年に父親が急逝。

後継するはずだった大二郎氏は当時まだ大学生だったため被選挙権がなく、白羽の矢が龍太郎氏に。


1963年の総選挙で初当選を果たすと、家族ぐるみの付き合いがあり自分を後継者に指名した佐藤栄作氏の派閥入り。


その後同派閥に属していた田中角栄氏・竹下登氏に傾倒し、後に田中派へ。


1978年、当選5回にして厚生大臣に任命され、41歳で昭和2ケタ生まれ初の大臣に。


一方では竹下派・創世会の立ち上げにも参画。

小渕恵三氏・小沢一郎氏らと共に竹下派七奉行の一人として名を連ね、中曽根内閣では運輸大臣を務め国鉄民営化を担当。


また1988年には竹下内閣下で幹事長代理を務め、消費税導入に関し党実務を担当するなど、大きな政治変革に関わりました。


そして1989年には宇野内閣時に自民党幹事長に就任。


しかし宇野総理の女性スキャンダルやリクルート事件の影響で、同年の参院選では惨敗。 


その時に選挙本部で思わず 「ちくしょう・・・」 と顔を歪めたシーンをテレビカメラに捉えられたのも、今は懐かしい思い出です。

          ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

しかしこの選挙で全国遊説を行い、その端正なルックスと笑顔で徐々に国民の人気を掴んだ橋本氏は遂に1995年、自民党総裁の椅子に座ります。


そして翌年村山首相退陣を受けて第82代内閣総理大臣に。


在任中は住専の不良債権処理、沖縄・普天間基地の返還、小選挙区比例代表並立制での初選挙、ペルーの日本大使館占拠事件、また山一證券や拓銀の破綻など、大きな政治的・経済的節目を指揮することになりました。


1998年に参院選の敗北の責任を取って総理を辞任。

そして2005年の郵政解散時に立候補せず、政界を引退。


翌2006年7月1日、腸管虚血により68歳で他界しました。


橋本氏の人物評で有名なのは、竹下氏の 「怒る、威張る、拗ねるが橋本になければ、とっくの昔に総理になっていた」 で、とかく政界に友人がいないことを指摘されましたが、一方で登山好きだった彼が登山家・野口健氏のエベレスト清掃登山に理解を示し、陰で支援していたことは生前殆ど知られていませんでした。


さて、冒頭申し上げた消費税についてですが・・・。


橋本氏が首相在任時に決定した消費税率の3%から5%へのアップが、その後どういう経済効果をもたらしたか?

導入された97年度こそ消費税収は約4兆円増えたものの、2年後には所得・法人税収が約6兆5千億円目減りし実質減収になったといわれています。


原因はもちろん消費税増税に伴う景気後退。


さて、財務省のロボットと称される野田総理が推し進める消費税増税・・・橋本内閣時より遥かに景気が冷え込んでいる中で導入したらどうなるのか?


後年、財務官僚の言いなりになったことを亡くなるまで後悔していたといわれる橋本氏は、草葉の陰からどういう思いで見ているのでしょうネ。うー

そうそう、最後に橋本氏の名誉のために一言。

生前、よく 「ポマードべったり」 などと揶揄されていましたが実際には一切使っておらず、ヘアクリームだったそうですョ。あせあせ



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11212974766.html?frm=themeより引用させて頂いております。