一心不乱

2011-06-29 07:07:07
テーマ:

日本を代表する宮大工・小川三夫棟梁と、私の尊敬する北野武の対談番組が、先日テレビで放映されました。

私が中学生時代に修学旅行で訪れた時には跡形もなかった場所に、小川棟梁の手によって見事に再建された西塔がそびえる薬師寺で、久しぶりに再会するところからスタートしたこの対談。


棲む世界は違えども、それぞれの分野で頂点に立つお二人のお話は、期待通り多くの示唆に富んでいました。

1,300年前から立つ東塔の内部を北野氏に案内する小川棟梁・・・ビックリしたのは、塔の中心を貫く直径1mはあろうかという太い「心柱」は、塔のどの部分とも接していない、という説明。

クレーンなどの重機はもちろんノコギリすら存在しなかった1,300年前の飛鳥時代に、どうやって何トンもある太い心柱を立て、複雑な構造の建築が出来たのか・・・先人の知恵には驚くばかり。

そしてその技術や芸は、どうやって受け継がれてきたのか?・・・対談は、お互いの修業時代へと移っていきます。

  ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-北野武
ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-小川三夫

当然のことながら、お二人にはそれぞれ師匠がいらっしゃいました。


北野氏の浅草での下積み時代には、深見千三郎氏。

小川棟梁には、「法隆寺の鬼」 といわれた昭和の名工・西岡常一棟梁。


面白いことに、お二人は同じ事を述懐していました。

「師匠は、私になにも教えてくれなかった」 と。

深見氏は、「芸人はお客に笑われるようじゃダメだ、笑わせなければ。」 と言って、四六時中お笑いのことばかり考えていたそうな。


また西岡棟梁は、自ら削った鉋(かんな)屑を黙って小川氏に手渡したとか。

小川棟梁は、その絹布のような薄さ数ミクロンの見事な鉋屑を窓に貼り、同じ鉋屑を出そうと日々ひたすら鉋を削ったとの事。


教えるだけでは身につかない、自ら工夫して修業しなければ自分のものにならないことを、それぞれの師匠は身をもって知っていたのでしょう。


そして小川青年は、弟子入り直後に西岡棟梁からこう言い渡されたそうです。

「向こう1年間、一切テレビ・ラジオ・新聞は禁止。 ひたすら刃物を研げ!」


当時は何でそんな事をさせられるか分からなかったけれど、今となってみれば師匠の気持ちがよく分かる・・・とは、小川棟梁の弁。


「仕事はやらされるもんじゃない。 

好きでその道に入ったんだから、どんなに辛くても続けられるはずなんだ。」


両氏とも、そう口を揃えていました。


番組の最後・・・小川棟梁について学んでいる20歳前後の若いお弟子さんたちが、一心不乱に鉋の刃を研いでいるところを、じっと見つめる北野氏。


私はその映像を見て、ハッと思ったのです。

もしかしたら西岡棟梁は小川青年に、〝刃物を研ぎ抜くことで、心を研げ!〟・・・そう伝えたかったのではないかと。笑3

                ペタしてね

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10931432840.html?frm=themeより引用させて頂いております。