世界の翼

2011-12-04 07:07:07
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今からちょうど20年前の今日、衝撃的なニュースが世界中を驚かせました。

〝世界の翼〟といわれたアメリカのフラッグ・キャリア、

 パン・アメリカン航空

が倒産したのです。


同社はキューバとの航空郵便業務を目的として1927年に設立。

その後リンドバークを顧問に加えるなど、実業家ファン・トリップの巧みな経営手腕により国際路線を拡張。


ボーイング707などのジェット機を世界で初めて就航させたり、世界一周路線を就航させるなど、世界最大の航空会社として、その地位を確立しました。


私が学生だった頃までは、1ドル250円前後・・・海外旅行に出かけるのは、高嶺の花の時代。


パンナムのロゴが入ったバッグを持っていることは一種のステータスでしたし、私自身も 「いつかはパンナムに乗って海外へ・・・」 という夢を抱いていました。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-PAN-AM


それが実現したのは大学3年の秋。

野球で全日本選抜に選ばれた私はブラジルに遠征することとなり、その時初めて国際線に乗ったのが憧れのパンナムでした。

ニューヨーク経由で成田からサンパウロまで乗り継ぎを含めて27時間。

機内食を片道で5回も食べたこと、搭乗していたスチュワーデスが我々より大きくてビックリしたこと・・・今では懐かしい思い出です。笑2


しかし憧れのパンナムに搭乗したのは、これが最初で最後となってしまいました。


1970年代以降の航空自由化によめ低価格競争の激化と、〝ジャンボ・ジェット〟・ボーイング747の大量導入によるコスト増、更には度重なる事故の補償により経営状態は急激に悪化・・・そしてとうとう1991年12月4日に破産し、運行停止。


世界の翼は、地に堕ちてしまったのです。


パンナム倒産で、私が最も残念だったのは、年6回の楽しみ・・・大相撲千秋楽の名物となっていた、パンナム杯の授与式がなくなってしまったこと。

              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-David Jones

同社の極東地区広報担当支配人だったデビット・ジョーンズ氏が、「ヒョ~ショ~ジョウ!」 と言うだけで場内はドッと涌いたものです。

九州場所や名古屋場所では方言を巧みに取り入れるなどした賞状の読み上げはもちろん、40㎏以上あったという大トロフィーを1人で担ぎ上げて優勝力士に手渡すシーンは、同社にとって最高のCMだったはず。

私はこの表彰がなくなってから、千秋楽の表彰式は一切見なくなりましたし。

1961年から始まったこの名物表彰は、同社が破綻する半年前の1991年5月まで30年に渡りジョーンズ氏がプレゼンターを務め続けました。

途中昇格や転勤の内示があったそうですが、ジョーンズ氏はそれを断り続け、トロフィーを渡すためにトレーニングを欠かさなかったといいますから、彼にとってはコレがライフワークだったのでしょう。

彼は倒産翌年に帰国後、2005年に89歳で生涯を閉じたとのこと。

パンナムの〝命日〟である今日・・・あらためて同社にとって最高の広報担当者だったジョーンズ氏のご冥福を、懐かしさを込めて祈りたいと思います。
笑3

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11000282054.html?frm=themeより引用させて頂いております。