傷だらけの栄光

2008-12-17 07:05:35
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今から105年前・1903年12月17日は、科学分野で画期的な挑戦が成功した日でした。


ライト兄弟が、人類史上初めて(動力付)飛行機を離陸させたのです。


5人兄弟の三男ウィルバー・ライト(Wilbur Wright 1867-1912)、四男オーヴィル・ライト(Orville Wright 1871-1948)の2人が、自転車屋経営の傍ら動力飛行の研究を重ねていました。


初めて飛行機を製作してから4年余り、数々の失敗を繰り返しながら・・・遂にこの日、ノースカロライナ州キティホークで、12馬力の水冷エンジンを搭載した〝ライトフライヤー号〟が弟オーヴィルの操縦により離陸。

距離36.6m、高さ約3m、滞空時間12秒間の空中飛行に成功したのです。


この日、兄弟が交代で操縦して計4回の飛行に成功したのですが・・・実はこの偉業を達成しながらも、ライト兄弟はすぐに名声を得たわけではありませんでした。

          ライト兄弟

当時のアメリカ社会では各科学分野の専門家から「機械が空中を飛ぶことは不可能」という論調に支配されていたことに加え、当日は立会人が5人程しかいない非公開実験。

そしてライト兄弟がこの飛行実験に際し、当時スミソニアン博物館々長であったラングレー教授から支援を受けていたのですが、その教授自身が2度目の飛行実験に失敗した僅か9日後にライト兄弟が成功したという皮肉な巡り合わせ。 

さらに兄弟はこの成功の9ヵ月も前(!)から特許を出願しており、1906年5月にはこれが認められるという要領の良さ。驚き顔

このような経緯から(良いとこ取りをされた?)スミソニアン博物館とライト兄弟の間には確執が生じ、同博物館は長い間ライト兄弟の初飛行を認めず、ライトフライヤー号の展示を拒否し続けたのです。

アメリカ国内で殆ど無視され続けたライトフライヤー号は、1928年にイギリス・ロンドン科学博物館に展示されることとなったのですが・・・これを見たアメリカ人旅行者が驚き、やがて「海外に流失した自国の偉業を取り戻すべき」という声がアメリカ国内で上がり始めます。


高まる一方の世論に押され、ようやくスミソニアン博物館は1942年にライト兄弟の偉業を認め、彼らに陳謝。 1948年、初飛行と同日の12月17日に同機がスミソニアン博物館に展示されたのでした。

初飛行から実に45年かけて、ライト兄弟の偉業が自国で名実共に認められた瞬間でしたが・・・残念ながら弟・オーヴィル氏は同年1月にこの世を去っており、その瞬間を目にすることは出来ませんでした泣き1

「妻と飛行機の両方は養えない」と言って生涯独身を貫き、飛行機に人生をかけたライト兄弟。 

しかし晩年オーヴィルは、日本に落とされた原爆に自ら発明した飛行機が利用されたことを強く後悔していたそうです。

科学進歩と軍事利用・・・この切っても切れない相関関係の裏で、純粋に人類の進化ために研究し続ける科学者の良心は、これからも痛み続けるのでしょうか?うー

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10167615830.html?frm=themeより引用させて頂いております。