勝負師

2009-04-05 07:07:07
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TVゲームなどなかった私の子供時代・・・家の中でやる事といったら、トランプや花札くらいでしたが、中でも将棋が好きでした。

毎日、朝刊の将棋コーナー読んでいた当時、大好きだった棋士といえば

 升田幸三 第4代名人

今日・4月5日は、この〝稀代の勝負師〟の命日にあたります。

1918(大正7)年、広島県に生まれた升田氏は、14歳の誕生日を目前に控えた1932年2月、母親の使う物差しの裏 に 『この幸三、名人に香車を引いて勝ったら(勝つため?)大阪に行く』 と墨でしたためて家出。

広島市内の飲食店やクリーニング店での丁稚奉公などを経て、大阪の木見金治郎八段の門下生となります。

その後メキメキと頭角を現し順調に昇段していった升田氏は、将棋界初の三冠(名人・王将・九段)制覇を成し遂げました。

そして極め付きは1956(昭和31)年、王座戦において、対戦相手の大山名人に(当時の規定により)香車を引いて勝利を収め、物差しに書き残した夢(?)を実現。 


将棋界で史上唯一人の 『名人に香車を引いて勝った男』 となったのです。

1991年4月5日、多くの将棋ファンに惜しまれつつ、73歳で世を去りました。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-升田幸三

私が升田氏に対して子供心に魅力を感じたのは、その強さもさることながら、〝昭和の宮本武蔵〟を思わせるような、独特の風貌だったかもしれません。

酒とタバコをこよなく愛し、そして一見コワモテの雰囲気とは裏腹な独特の発言には、ユーモアや温かみもありました。

升田氏の残した最も印象的な言葉・・・それは、

『新手一生』


常に新しい手筋を追い求めた勝負師・・・升田氏の著書の一節、

「精読するという概念からもう一歩突っこんで、不可能を可能にする努力、―将棋を創作し、また勝負を勝ちきるには、“えぐる” という修練が必要である」

・・・現代のようにパソコンで手筋の研究・検証などできない時代に、常に他人の指さない新手を編み出し実行する創意工夫と気概は、大いに見習わねばなりません。


もし健康を害さなければ、大山永世名人とは互角以上の対戦成績を残したでありましょう・・・が、そんな悲運も升田氏の魅力の一つかもしれません。

今、棋界は羽生永世六冠を始めとするスマートな若手棋士が席巻しておりますが、対戦相手が驚くような奇想天外な手を指すと思えば、信じられない〝トン死〟で呆気なく負けたりする・・・升田氏のような独特のキャラを持った強豪の出現を待つ将棋ファンは、果たして私だけでしょうか? 笑3




こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10216054172.html?frm=themeより引用させて頂いております。