受 け

2009-07-26 07:07:07
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私は子供の頃、将棋の世界では升田幸三第四世名人のファンでした。

その升田氏の終生のライバルにして、近代将棋界における最大の功労者といえば、この方しかいないでしょう。

 大山 康晴 第十五世名人

他に永世十段・永世棋聖・永世王位・永世王将の称号を持つ、昭和時代最高・最強の棋士。

今日・7月26日は、この大山名人の命日に当たります。

1923(大正12)年、現在の岡山県倉敷市に生まれた大山少年は、5歳から将棋を始めてすぐに才能を見出され、10歳の時に大阪・木見金治郎九段に入門。

17歳で四段、20歳で六段へと順調に昇段を果たすも、折からの太平洋戦争で徴兵されてしまいます。

しかし有望なプロ棋士であったために、将棋好きの上官から厚遇された逸話はつとに知られており・・・まさに「芸は身を助ける」 格好の見本といえましょう。笑2


終戦・復員後は棋士生活に戻り、一旦は升田氏に苦杯を舐めさせられたものの、1957(昭和32)年以降は王将・九段・名人と次々タイトルを奪取。 

1962(昭和37)年には初の五冠独占を果たします。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-大山康晴

それから約4年間にわたり、タイトル戦19連勝・・・まさに黄金時代を築いた大山名人。

相手の攻めを受け切って勝つ・・・当時活躍した大相撲・大鵬関のように、立会いでどっしりと相手力士を受け止めた上で勝つ、まさに〝横綱相撲〟を彷彿とさせる風格がありました。

対戦で多忙を極める中、東京将棋会館・関西将棋会館の建設に尽力、現役A級棋士でありながら日本将棋連盟の会長職をも兼務。

晩年はガンに侵され、闘病生活を余儀なくされながらも対局を続け・・・1992(平成4)年、A級の座を保ったまま69歳の生涯を閉じられたのです。驚き顔 スゴイッ!

子供時代は、牛乳瓶の底のようなメガネをかけ、カトちゃん演ずるハゲオヤジ(失礼)みたいで風采の上がらない印象が強かったですが・・・今あらためてその偉業を追ってみると、尊敬の念を抱かざるを得ません。

一見、沈着冷静・温厚なイメージがありながら、駅から歩いて将棋会館に向かう途中、抜かれた歩行者をムキになって抜き返す程負けず嫌いだったという大山名人。

やはり生粋の勝負師だったんですねェ・・・。

あらためてご冥福をお祈り致します。笑3

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10273196276.html?frm=themeより引用させて頂いております。