古代ロマン

2009-11-16 07:07:07
テーマ:

実は私、子供の頃真剣に考古学者になろう、と考えていた時期がありました。

そのキッカケとなったのは小学校5年生頃だったでしょうか、「邪馬台国」 と 「卑弥呼」 の存在を知ったことでした。

1~2世紀頃に存在した邪馬台国を統治したといわれる、謎の女王・卑弥呼。

その神秘性に強く魅かれ、岩波文庫から出ていた 『魏志倭人伝』 を真剣に読んだものです。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-魏志倭人伝

と言っても、小学生にその内容はあまり理解できませんでしたが。

その謎を解明するため、考古学者になろう・・・と思ったワケですが、所詮自分には学問で身を立てる頭脳と粘り強さがないことに気づき、すぐに志望は体力勝負(?)のプロ野球選手へと戻った次第。ダメだぁ顔

まぁ、それはともかく・・・この邪馬台国には、その所在について 『畿内説』 と 『九州説』 があることをご存知の方は多いと思います。

魏志倭人伝には、魏(中国)から邪馬台国への行程に関しての記述がありますが・・・その通りの進路を辿ると、同国は遥か南の海上に位置することになるとか。

両説ともその記述の誤りを推測するなどして唱えられているものの、未だにその真偽ははっきりしていません。

私は個人的に 『畿内説』 を支持していますが、その根拠は? と聞かれると、「邪馬台国は、後漢書では 『邪馬臺国』 と書かれており、これは〝ヤマト国〟と読めるから」・・・なんて程度なんですけどネ。あせあせ


皆さんはどちらの説を信じますか?


以前北九州出身の知人と飲んでいた時に何故か邪馬台国の話になり、彼に冗談半分で 「邪馬台国が九州にあったなんて、有り得ねぇだろう。」 って言ったら、「お前、何の根拠があってそんないい加減な事が言えるんだ!」 とムキになって反論され、その剣幕にビビッて慌てて話題を変えたことがありました。

学会では、現時点において畿内説が優勢らしいですが、九州出身の方には素直にそれを認められないのでしょうネ。

しかし数日前、畿内説を強く裏付けるようなニュースが。

なんでも畿内説における最有力地・奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、3世紀前半に存在したと思われる国内最大規模の建物跡が発見されたというのです。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-纒向遺跡

12.4×19.2mに及ぶ大きさは、九州説の根拠となっている吉野ヶ里遺跡の建物跡を遥かに上回る規模で、魏志倭人伝等に記載されている卑弥呼の住居である可能性があるとのこと。

九州説支持派には、何とも面白くない発掘ではありましょう。

しかし考古学の世界では、「定説」 がたった一つの遺跡や出土品でひっくり返る・・・なんてことはよくある話。 

正確な史実を知るためには、タイムマシンに乗って過去に飛ぶしか方法はないのかも。

でも推測の域を出ぬまま、古代に想いを巡らせる方が良い・・・そう考えるロマン派(?)の私は、考古学者にならなくて正解だったのかもしれません。笑2

               ペタしてね

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10386456827.html?frm=themeより引用させて頂いております。