古代浪漫

今から約40年前の今日・1972年3月21日、我が国の考古学史上で最重要と言っていい、

 高松塚古墳

の大発見がなされました。

元々は、1970年に地元の方がショウガを貯蔵するために穴を掘ったところ古い切石を出土・・・これが発端となり、3月1日から同古墳の発掘が開始されてから3週間後に極彩色の壁画が描かれた石棺が発見されたのです。

当時中学生だった私は考古学に興味を持っていたこともあり、連日のニュースを食い入るように見たり、写真が掲載されたグラフ誌を買おうと書店に走ったことを憶えています。

内寸が長さ265cm・幅103cm・高さ113cm・・・誰を葬ったのかは現在でも諸説ありますが、年代は694~710年の藤原京時代であることはほぼ確定された石棺の内部には、東・西・北・天井の4壁面に男性・女性群像や青龍・白虎・玄武、そして星座などが描かれ、千年以上の時を経ても殆ど色褪せぬ様は、見事としか言いようがありませんでした。

 

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-高松塚古墳

しかし、凝灰岩の表面に数ミリの漆喰を塗布した上に描かれたこれらの壁画・・・発見以降の保存が問題となりました。


文化庁が石室内の温度・湿度調整や防カビ処理を施し毎年1回定期検査を行っていながら、21世紀に入ってカビの発生や雨水の浸入等で劣化が進み、更には修復工事に入った作業員が工具を倒すなどして壁画を破損するなど、信じ難い初歩的ミスを連発。


しかも同庁は、国宝に対するそれらの作業を民間業者に委託・丸投げして現場の立会いをしなかったばかりか、それらの事故を公表せず・・・まさに〝お役所仕事〟の見本の如き杜撰さには呆れるばかり。


結局石板を解体して運び出した上で補修したわけですが、果たして壁画の状態が現状のままで半永久的に保存できるかどうか・・・。うー


逆に言えば、現代科学をもってしても数年でカビてしまう壁画を、発見されるまで千年以上も殆ど劣化させなかった先人の知恵には、只々驚かされるばかり。


この高松塚古墳に、発見当時からいつか行ってみたいという私の夢は、10数年前に関西地方の支社に転勤した際に行った、女房との〝2泊3日京都・奈良史跡巡りドライブ〟でやっと叶いました。


期待に胸を膨らませて古墳に向かった私でしたが・・・現地は竹藪に覆われた古墳に、コンクリートの入り口があるだけ。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-高松塚古墳

うっかりすると通り過ぎてしまうような、人気もなく静かな風情でした。

それでも、中学生当時に飛鳥時代に想いを巡らせた私は、


(千年以上前に、この地でこの古墳を作り上げた祖先たちも、同じ風景を見ていたのかもしれない。)・・・そう考えただけで、何とも言えぬ感慨深さで胸が一杯になったものです。

私たち現代人には祖先の残した文化や祖国の地をしっかりと守る義務があることを、忘れてはなりませんネ。笑3

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10742376142.html?frm=themeより引用させて頂いております。