名将再び

先日テレビを見ていたら、元広島カープ監督・古葉竹識が、見慣れぬユニホーム姿で画面に登場していました。

今年から、東京国際大学野球部の監督に就任されていたんだそうですネ。

1975(昭和50)年のシーズン中、突然辞任したルーツ氏の後任として広島カープの監督に就任。 その年見事に球団創設以来初のリーグ優勝を果たすなど、通算11年の監督在任中リーグ優勝4回、日本一3回を達成した、まさにプロ野球史にその名を残す名将の一人です。

試合中、常にバットケースの影から半分だけ体を出して佇む姿は氏のトレード・マークとなり、やくみつる氏の漫画や漫才のネタで今でも使われるくらい有名でした。

常に冷静沈着な紳士のイメージがありましたが、実はかなりの短気・激嵩タイプだったそうで、手も足も出したんだそうです。

インタビューを受けた広島の元エース・北別府氏が、「ベンチ裏ではケリを喰らわないように、できるだけ監督の前を横切らないようにしていた」と答えていたのには、少なからず驚かされました。驚き顔 ヘェ~


              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-古葉竹識

しかしプロ野球時代と違って、今は大学という教育の場に身を置く古葉氏。

カッとなって手を出したいところをグッとこらえて選手たちを諭している監督の姿を見ていると、思わず苦笑してしまいます。

古葉監督を慕って、入部希望の学生数は飛躍的に増え、また甲子園経験者などレベルの高い選手が揃いつつあるようですが、そんな彼らをして「野球に対しての視点・考え方が今までと全然違います」と言わしめる力量はサスガと言えましょう。

そしてこの番組を見ていて最も驚いたのは・・・。

赤ヘル軍団全盛時のチームを支え続けながら、脳腫瘍のために32歳でこの世を去った〝炎のストッパー〟・津田恒美投手・・・なんと彼の息子さんがこのチームに在籍しているのです。

「全く父親の面影の記憶がない」と語る息子さんを、嘗て父に全幅の信頼をおき、その最後を見看った監督が再び指導する・・・何という〝運命の糸〟なのでしょう。


背番号72の広島監督時代、72勝で初のリーグ制覇を成し遂げた古葉監督が、72歳になられた今・・・彼の熱血指導で成長した津田ジュニアが、いつの日か同じブロ野球のグランドに立つ姿を見られたならば・・・広島ファンだけでなく、中年プロ野球ファンの誰もが胸を熱くすることでしょう。笑2

頑張れ、古葉監督!

 ガンバレ、津田ジュニア!




こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10180965109.html?frm=themeより引用させて頂いております。