四 選

初代大統領であったワシントンが3期目を固辞したことにより、アメリカ大統領は2期までというのが慣例(※現在は法制化されています)。


しかしその中にあって史上唯一人、四選を果たした大統領がいるのですが・・・誰でしょう?


その人物とは、


 フリンクリン・デラノ・ルーズベルト 第32代大統領

   (Franklin Delano Roosevelt


今日は12年余りにわたって長期政権を担い、世界恐慌や第二次世界大戦という激動期のアメリカを指導した政治家の命日にあたります。


第26代大統領セオドア・ルーズベルトの従兄にあたるフリンクリンは、1882年ニューヨーク州生まれ。


父親は鉄道会社の副社長で裕福な家庭に育った彼は家庭教師によって教育を施され、ハーバード大学・コロンビア大学ロースクールを卒業後、1905年にセオドア・ルーズベルトの姪と結婚。


法律事務所勤務を経て1910年にニューヨーク州上院選に民主党から出馬し初当選、政界入りを果たします。


1913年に大統領から海軍次官に任命された後、1920年には民主党全国大会で副大統領候補の指名を受けましたが、大統領選で共和党に敗れると一旦政界を離れ、弁護士業に専念。

しかし1928年、ニューヨーク州知事選に出馬するや見事当選を果たすと改革派知事として名を知られるようになり、その勢いを駆って1932年の大統領選挙に出馬。


見事当選を果たすと、ケインズ理論を取り入れたニューディール政策等を実行し、大恐慌に喘ぐアメリカを立て直します。


当時普及し始めたラジオ放送で演説を流すなど、初めてマスメディアを利用したことでも知られるルーズベルト大統領は、在任2期を全うした後も第二次世界大戦など世界的に政情が不安定だったことを理由に立候補を続け、何と四選をも果たします。


しかし四期目に入って僅か数か月後の1945年4月12日、脳卒中で63歳の人生に突然幕を下ろしました。


            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Franklin Delano Roosevelt

アメリカ国民の人気投票では歴代大統領の中で常に5本指に入る高い支持率を現在に至るまで維持しているルーズベルト大統領・・・ですが、こと日本人から見た場合、彼を名大統領として単純に称賛するわけにはいきません。


何故って、日本への原爆投下を考えた張本人なのですから。

1940年代に入り徐々に日本と対立を深めるアメリカは石油輸出禁止などで日本を追い込み、1941年7月には宣戦布告なしに中国から日本本土爆撃計画を承認してしたといわれるルーズベルト大統領。

結果的に真珠湾攻撃が先になったためその計画は実行されなかったものの、諜報活動によって事前に日本の奇襲攻撃を知っていながらアメリカ国内にはそれを伏せたとする説が根強くあり、宣戦布告が遅れたことを逆手に取ってRemember Pearl Harborという有名な合い言葉で自国民を鼓舞したことは有名。

自らがユダヤ系であり、また車椅子を使用しなければ移動できない重度の身体傷害者で弱者の気持ちが分かっていたはずなのに、人種差別主義者・・・しかも特に日本人を嫌っていました。


戦時中は日系人の強制収容を行い財産を没収、また 「日本人の頭蓋骨は白人に比べて2千年は遅れている」 と周囲に漏らしたといいますから。

そして原爆開発の〝マンハッタン計画〟を推進したのも彼。


結果的に広島・長崎に投下を指示したのは彼の死後就任したトルーマン大統領でしたが、彼自身は原爆の威力など殆ど知らぬまま対ソ連政策上の必要性に駆られただけ。


もし日本人に強い嫌悪感を抱いていたルーズベルトが存命していたなら、果たして2発で済んだかどうかは分かりません。うー

率直に言って、いくらアメリカで人気の高い大統領だったとはいえ、日本人の私としては彼の冥福を素直に祈ることはできないのです。



               ペタしてね

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11134428327.html?frm=themeより引用させて頂いております。