団 地 

2010-07-29 07:07:07
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弊社の事務所がある 「高島平」・・・この地名を聞くと、多くの方がまず〝団地〟をイメージされるのではないでしょうか?

荒川の南側に位置するこの地域は、嘗て「徳丸ヶ原」と呼ばれた湿地帯でした。

江戸後期の1841(天保12)年5月に砲術師・高島秋帆(しゅうはん)が日本初の洋式砲術演習を行ったことに因み、1969(昭和44)年に 「高島平」 という地名が誕生。

それ以前から日本住宅公団が330万㎡の土地を買収、都営地下鉄6号線(現・都営三田線)を開通させることにより都心に近い一大団地の建設を計画、1972年から入居が始まりました。

開発当時はモダンな団地として人気を博したそうですが、同時に有難くない別称をいただくことに・・・それは〝自殺の名所〟。うー

1970年代これ程の高層住宅は珍しかったため、飛び降り自殺をする者が後を絶たたなかったようです。(地下鉄の終点だったことと、マスメディアで騒がれたことが一層拍車をかけたとも言われていますが・・・。)

        
         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-高島平団地

事態を憂慮した公団が7億円以上の巨費を投じて自殺防止ネット等の設置を開始したのが、ちょうど30年前の今日・1980年7月29日(※本格的工事は翌年) からだったといわれています。

7億円以上の巨費を投じて3階以上の共用廊下等に鉄製の格子を取り付け、屋上への出入りも出来ないようにしたおかげで、自殺者は激減。

不名誉な称号は、いつしか使われなくなったのですが・・・現代は、それとは別の問題を抱えつつあるのです。

それは・・・〝孤独死〟

当初団地に居を構えたのは、働き盛りの 「団塊の世代」。 

それから30年以上経過した現在、子息の多くは独立して団地を出ていき、1992年をピークに人口は右肩下がりの半面、平均年齢は上昇の一途。

現在の団地は約11,000戸で人口が20,000人弱・・・つまり1戸当たりの人口が1.8人という状況。 独居老人の割合が確実に増えているのです。

弊社でも時々住民のご葬儀の施行依頼がありますが、団地外にお住まいのご子息から連絡が入り、近所には知らせず家族・親族だけで・・・というケースが殆ど。

しかし、そんな状況を変える動きも出てきました。


地元住民と大東文化大学がタイアップし、 『みらいネット高島平』 という名称のプロジェクトが始動。

住民同士のコミュニケーションを密にしたり、またボランティア活動などを通して高齢者と交流することを条件に大東大生に安く賃貸する等々、様々な試みがなされているのです。

老後を団地内で孤独に暮らし、誰にも気づかれずに人生の最期を迎えるよりも、お隣同士や若い大学生と付き合いながら過ごし、お別れの際には多くの友人に見送られて旅立つ・・・高島平団地が、これからそんな世代を超えた人間交流のあるコミュニティーになることを、私は心から願っています。笑3

   

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10513863002.html?frm=themeより引用させて頂いております。