執行せず

今日は、ある 「世界記録」 を持つ人物の命日にあたります。 

 平沢 貞通

若い方には聞き覚えのない名前だと思いますが・・・今から半世紀以上前、終戦後の混乱期に起きた大事件、『帝銀事件』 の犯人として死刑判決を受けた人物です。

1948(昭和23)年1月26日午後3時過ぎ、閉店後の帝国銀行(現・三井住友銀行)椎名町支店に東京都防疫班の腕章をした男性が現れ、厚生省技官の名刺を出して

「近くで集団赤痢が発生し、感染者の一人がこの銀行に来ている。 予防薬を飲んでもらいたい。」

と偽り、銀行員と用務員一家16名に青酸化合物を飲ませ、内12名を殺害。 現金・小切手を奪って逃走しました。

薬物の取扱状況から、当初旧陸軍細菌部隊(731部隊)関係者を中心に捜査が進められましたが、なぜかGHQからその方面への捜査中止命令が出され、この事件前に起きた類似事件の遺留品である「名刺」を辿る捜査に切り替えられます。

その結果、捜査線上に浮かび上がったのが、過去に銀行で詐欺事件を起こし、事件直後に被害金額とほぼ同額を預金していた画家・平沢貞通容疑者でした。

逮捕され、一旦は犯行を自供。 しかし公判に入ると本人は一貫して無罪を主張するも、判決は死刑。 上告は悉く棄却され、1955(昭和30)年には最高裁で死刑が確定しました。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-帝銀事件

              <東京地裁・公判中の平沢貞通死刑囚>

しかしこの判決には多くの疑問点が指摘されています。

◆ 本人が一貫して無罪を主張しており、かつ狂犬病予防接種の後遺症・コルサコフ症候群による虚言症があるとされた。

◆ 被害者の面通しでは、犯人と断定した者が一人もいなかった。

◆ 画家であった平沢容疑者には、青酸化合物の知識は全くない。

◆ 戦後まもなくの取調べは拷問に近いもので、自白は強要された可能性が高い。

しかし、現在に至るまで20回近い再審請求、そして3回の恩赦請求がなされていますが、いずれも受理されていません。

その一方で、歴代の法務大臣は決して死刑執行命令書を出すことはなく・・・結局平沢死刑囚は、1987(昭和62)年の今日・5月10日に肺炎で95歳の生涯を閉じるまでの37年間を、刑務所で過ごしたのです。

死刑確定囚の収監期間37年・・・これが世界最長記録なのです。うー

後に捜査員や協力者の中には 「真犯人は別にいる」 と発言する者もいたこの事件・・・もし、平沢死刑囚が無実であったのなら(いや仮に真犯人だとしても)、37年もの長きに渡り、毎朝看守の靴音が近づいてくるたびに〝今日が最後の日かもしれない〟と怯え続けさせたことは、ある意味死刑執行よりも残酷な人権侵害ではなかったでしょうか?

現代のような科学捜査のできなかった時代に起きた凶悪事件・・・最も悲惨な運命を背負わされたのは、平沢死刑囚だったのかもしれません。


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10234921889.html?frm=themeより引用させて頂いております。