夢追い人

2010-12-15 07:07:07
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世界中の人々に最も知名度の高い人物は、おそらくこの方かもしれません。

ウォルター・イライアス・ディズニー

   (Walter Elias Disney

多くの人々を楽しませる映画制作やアトラクション施設運営を手がける世界的企業、『ウォルト・ディズニー・カンパニー』 の創設者・・・今日は、彼の命日にあたります。


1901年に鉄道員の息子としてイリノイ州シカゴに生まれたウォルター少年は、幼少時から絵を描くのが好きで、7歳の時には自ら描いたスケッチを売る程の腕前だったとか。


父・兄と共に新聞配達をするなど苦労したウォルターは、昼は高校に通う傍ら美術学校の夜間部で絵を学んでいましたが、第一次大戦勃発と共に志願して衛生兵としてヨーロッパ戦線に従軍。


除隊後は漫画家を目指したものの生活は苦しく、職場で知り合った友人と共に会社を設立するも長続きせず・・・しかし彼はこの時、〝アニメーション〟の大きな可能性に気づきます。


再起を賭けて映画の街・ハリウッドに移住し、兄のロイと 『ディズニー・ブラザーズ社』 を設立、多くのアニメーター仲間を集めて作品を制作し、1925年にはリリアンとめでたく社内結婚・・・会社も軌道に乗り始めます。


ところが1928年に契約問題でトラブルに見舞われて多くの社員の引き抜き工作に遭い、会社は倒産の危機に。


友人・アイワークスと2人で起死回生を目指すウォルターは、以前のアニメ作品で脇役として使っていたネズミのキャラクターを主役にすることを決意・・・それが〝ミッキー・マウス〟の誕生となりました。


デザインは、素早く作画できるよう円定規と楕円定規で簡単に描けるようにアイワークスが考案したキャラクターに、当初ウォルターは〝モーティマー〟と名づけようとしました。


が、妻・リリアンは反対・・・逆に彼女が提案した〝ミッキーマウス〟に変更したエピソードは有名ですネ。


やはり 「歴史は女性によって作られる」 ようです。あせあせ


1928年11月にスクリーンに初登場して以来この歴史的キャラクターは爆発的人気を博し、これによって瀕死のディズニー社は劇的な復活を遂げたのです。

              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-ミッキーマウス

                  <1928年当時のミッキー>

1955年にディズニーランドを開設、さらにその10年後にはホテルをも含めたウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートの建設に着手・・・しかしその翌年1966年12月15日、65歳の誕生日を迎えた直後に肺ガンでこの世を去りました。

白人至上主義者・人種差別主義者といわれているディズニー氏ですが、仮にその通りだったとしても現在あらゆる人種の老若男女がディズニー映画やアトラクションで楽しんでいるのですから、最早非難するに値しないでしょう。

「私は子供のために映画を作ったことはありません。

大人を含めて、子供の心を持った人々のために作っているのです。」

「ディズニーランドは、子供たちのだけのものじゃない。

私は相手に合わせてレベルを落としたりはしない。」

「いつでも掃除が行き届いていて、おいしいものが食べられる。

そんな夢の世界を作りたい。」

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Walter Elias Disney

現在のディズニー映画やディズニーランドの人気ぶりを見れば、創業者の〝夢〟は着実に受け継がれているようです。


本家・アメリカのディズニーランドに行ったことがあるのに、何故か浦安には一度も言ったことのない私ですが、〝永遠の夢負い人〟ウォルト・ディズニーの冥福をお祈り致します。笑3



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10649293684.html?frm=themeより引用させて頂いております。