女 傑

今日・8月30日は、昭和時代を代表する女流作家


 有吉 佐和子 さん

の命日にあたります。


有吉さんは1931年和歌山市生まれ。 銀行員だった父親の海外赴任に伴い、小学校時代を旧オランダ領東インドで過ごします。


1952年に東京女子大学短期大学部英語学科卒業後、舞踊家秘書・演劇雑誌嘱託を経て、1956年に発表した 『地唄』 が芥川賞候補となり、文壇デビュー。


(※しかし残念ながら、彼女は芥川賞・直木賞とも候補にこそなれ受賞は逃しました。)


1960年代に結婚・出産・離婚を経験、そして1970年代に 『恍惚の人』・『複合汚染』 を発表し社会派作家としての地位を確立。


私も社会人になりたての頃には彼女の作品に興味を持ったこともあったのですが、一冊も手に取らぬまま現在に至っています。


それには、大きな理由がありました。


有吉さんは頭脳明晰で物怖じしない性格であると同時に気性も激しかったそうですが、それを彷彿とさせる出来事を目撃したから。

               ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-有吉佐和子

1984年6月、人気番組 『笑っていいとも』 の名物コーナー 〝テレフォンショッキング〟に有吉さんが出演したのですが・・・何と彼女、ひとたび画面に登場するや完全に番組を独占、タモリさんもコントロール不能のまさに 〝電波ジャック〟状態に。ダメだぁ顔

スタジオの観客にも歌を強要したり、まさにやりたり放題。

終いには会場からブーイングが起こる始末で、実に42分に渡って縦横無尽の活躍(?)・・・その日は他のコーナーの殆どを潰してしまいました。

たまたまその日、ランチのため入った喫茶店のテレビでこの番組を見た私は、その異様な光景に目が釘付け。

有吉さんの名は知っていたのですが、その強烈な変人ぶりにドン引きした私は、以後彼女の作品を読む気が失せてしまったのです。

この番組出演がストレスになかったのか・・・有吉さんはその僅か2ヶ月後の8月30日、急性心不全により53歳の若さで突然この世を去りました。 

昨年、この番組ジャックに関して有吉さんの秘書役をしていた長女・玉青さんが別の番組で語ったところでは、TV局側からそうするよう頼まれたのだとか。

「母は一生懸命で真面目な人だから頑張ってやり通したんです。 見ていて本当に可哀相だった」 そうですが、もしそれが本当だとしたら番組制作側も随分ヒドいことをさせたものです。うー

余談ですが、彼女の名誉(?)のためにもうひとつ。

彼女の番組独占時間がダントツの第1位かと思ったら、なんと2位。驚き顔

彼女の上を行く43分の怪記録保持者は、あの黒柳徹子さん。

有吉さんの出演より3ヶ月前のことだったとか。


ついでに、第3位の39分も黒柳さん。

さすが、おしゃべりオバサンの面目躍如!?


私も当時番組を見ただけで有吉さんの人物像を決めつけたことをお詫びし、彼女の著作をあらためて手に取らなければ・・・。

女傑作家・有吉さんのご冥福をお祈り致します。
笑3



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10899232782.html?frm=themeより引用させて頂いております。