封 鎖

昨年夏、チリの鉱山で落盤事故が発生。 地下700mの坑内に取り残された33人の作業員たちが約1ヶ月半後、奇跡的に救出されたニュースは世界中を感動させました。


しかし彼らのように無事救出されるケースは決して多くない鉱山での採掘作業は、常に命懸け。

炭鉱事故による死亡者は意外に多く、世界で年間数千~1万人以上・・・うち中国が7,8割でダントツのトップとのこと。 


しかしこれはあくまで公式発表であり、一説には無許可業者が多数採掘している中国だけで1万人以上が死亡している、ともいわれています。


狭い坑道を地中深く掘り進めるのですから、当然事故の危険性は非常に高く、世界屈指の高い技術力を誇る我が国においても、事故と無縁ではありません。


その中でも特に悲劇的だったのが、今からちょうど30年前の今日起きた


 『北炭夕張新鉱事故』


以前は貴重なエネルギー源であった石炭・・・私が小学校時代は、教室にあったストーブも石炭をくべていました。


しかしその主役の座を石油に奪われつつあった昭和40年代から、石炭産業は徐々に勢いをなくしていきます。


筑豊や北海道にあった古い炭鉱が次々と閉鎖される中、優良な減量炭が採掘できるということで、1975年から最新技術を導入して北炭(北海道炭礦汽船株式会社)が採掘を開始したのが、〝夕張新炭鉱〟でした。


衰退し続ける夕張復興のカギと期待された炭鉱でしたが、国管理のもと徹底的な効率経営を求められ、安全管理は二の次・・・採掘開始直後にはガス突出事故により、5人の死者を出していました。


しかしその事故後も経営方針は変わらず、遂に悲劇は起こってしまったのです。

1981年10月16日午後0時41分、海面下809mの掘進作業現場付近で約60万立方メートルのメタンガスが突出。

77人は自力で脱出したものの、34人は遺体で収容されました。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-北炭事故

しかも同日午後10時30分頃にガス爆発により坑内火災が発生、救援隊10名も巻き込まれ死亡する二次災害を引き起こします。


鎮火の兆しが見えない中、会社側は安否不明者59名が取り残されたままで坑内への注水を決定。


林千明社長が 「お命を頂戴したい」 と猛反発する家族に頭を下げて同意書を取り付け、10月23日午後1時30分・・・サイレンが鳴り響く中、注水が開始されました。


その直前まで、坑内から無線で交信していた作業員もいたのに・・・。


注水は4ヶ月も続けられ、排水後全員の遺体回収が終わったのは事故から160日余り経った後でした。


死者93名・重傷者39名もの犠牲者を出した大事故は、その後林社長が自殺未遂を図るなどした北炭の経営に壊滅的打撃を与え、2ヶ月後に倒産。


石炭産業の衰退は決定的になりました。


夕張新炭鉱は事故の翌年に閉鎖されましたが、犠牲者の遺族からの 「空気が通るように」 という要望から、坑道入口はコンクリートではなく鉄格子によって塞がれたとか。


文明の進化と共に私達が享受している快適な生活は、このような悲劇と多くの人々の犠牲と涙によって支えられていることを忘れてはいけませんネ。


無念の死を遂げた犠牲者93名のご冥福を、心よりお祈り致します。笑3



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10948658854.html?frm=themeより引用させて頂いております。