導 師

早いもので、私が尊敬してやまない臨済宗妙心寺派の・・・というよりも日本仏教界の至宝

 松原 泰道 

が101歳で遷化されてから丸2年、今日・7月29日が三回忌となります。

               ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-松原泰道師

僧侶である父の許に生まれ、早稲田大学卒業後仏道に入った松原先生は、ある時師から 「お前は世に仏教を広める仕事をしなさい。」 と諭されたとか。

その言葉通り、1972年に大ベストセラーとなった 『般若心経入門』 をはじめ100冊以上の著書や何枚ものCDを残され、また講演会などを通して仏教の普及活動を積極的に続けられました。

私は今でも先生の著書を読み返しながら、勉強させていただいております。

しかし著作を通してしか教えを得ることが叶わなかった私にとって、先生は言わば〝雲の上〟の存在でした。

それが一変(?)したのは、今から6年程前のこと。

世田谷区にある 『龍雲寺』 という名刹で葬儀のお手伝いをした時、ふと目にした掲示板に 「松原泰道先生 法話会」 の案内が・・・。

同寺のご住職が松原先生の娘婿という関係で、春・秋にかけて月一回毎に開催されていたのです。

逸る気持ちを抑えつつ開催日に訪れてみると、本堂は100人以上の聴講者で熱気ムンムン。 

ご年配の方々はもちろん、若者の姿も数多く見受けられました。

初めてお会いする松原先生は、思いの他小さな体をチョコンと車椅子に乗せ、にこやかなお顔で定刻に会場入り。

しかし約1時間半にわたる松原先生のお話は、とても98歳とは思えぬ活舌ぶり・・・ユーモアと最新時事を織り交ぜた、聴く者を捉えて離さずかつ温かい内容でした。

最近はお布施に関していろいろ言われるご時勢ですが、率直に言って私の葬儀で先生が読経いただけるなら、100万円お納めしても決して高くない・・・そんな気持ちになったものです。

その後何回も足を運び法華経のお話しなどを聴講させていただきましたが、100歳を前に体調を考慮されて法話会は残念ながら中止に。

しかしその後も先生の著書を読むたびに、私の心にはナマで見た松原先生の笑顔と声がしっかりと残っています。

そして、私の手元には宝物がひとつあります。

それは法話会の後、退席する先生を追いかけていって当時読んでいた松原先生の全集本の一冊にいただいたサイン。


「先生、いつもありがとうございます。 

 是非先生のご本に一筆いただけないでしょうか?」


と図々しくお願いすると、先生はニッコリと微笑まれながら迷いなくサラサラ~ッと一首認められました。


           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-松原師サイン

「この意味はね・・・」

と言いかけられたところで、私と同類(?)のミーハー族が次々と先生の車椅子を取り囲み、それ以上の 〝個人講義〟を受けられなかったことが、ただただ心残り。

  仏とは さくらの花の 月夜かな

                 九十八才  泰 道

先生がこの一首を私に授けてくださった真意は何だったのか?・・・今となっては、先生からいただいた永遠に解けない 「公案」 となってしまいました。

江戸時代の俳諧師・宝井其角作であるこの短歌の意味を感じつつ、人々に仏教をやさしく広められた近年最高峰の導師・松原先生のご冥福を、衷心よりお祈り申し上げます。笑3



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10967570562.html?frm=themeより引用させて頂いております。