弟よ、お前もか・・・。

6月6日・・・映画 『オーメン』 をご覧になった方はご存知のとおり、ヨハネ黙示録の一節から、〝悪魔の日〟ともいわれている日です。

それを象徴するかのように、41年前の今日・・・将来を嘱望された一人の若き政治家が凶弾に命を奪われました。 その人とは、

 ロバート・フランシス・ケネディ 

 ( Robert Francis “Bobby” Kennedy

言わずと知れた、ジョン・F・ケネディ元大統領の実弟です。

1925年、兄・ジョンの8つ年下の弟として生まれたロバートは、ハーバート大学を卒業。 1952年にはジョンの上院議員選挙のマネージャーを務めた後、上院調査委員会の下級法律顧問や、マクラレン委員会の法律顧問に就任します。

ジョンは大統領に当選すると弟・ロバートを司法長官に指名。 キューバ危機などの難題に兄弟で取り組むこととなります。(このあたりは、映画 『13デイズ』 で描かれていますネ。)

非常に正義感が強く理想家肌だったロバートは、司法長官時代に様々な「悪」と闘う姿勢を貫きました。

自らの父親が深く関わっていたマフィアに対しては、当時のNo.1ボス・マルセロを逮捕したり、チームスター組合のドン、ジミー・ホッファを起訴するなど、父の忠告を聞かずに徹底的な取締りを行いました。

また公民権運動に関しても、その抵抗勢力を容赦なく叩いたロバートは、政府内外に多くの敵を作ってしまったのです。

兄・ジョンが暗殺された後、ジョンソン政権下でも司法長官を務めたロバートは、その後上院議員に当選。 

そして1968年には満を持して大統領選に立候補します。 

同年6月5日、予備選の遊説を終えロサンゼルスのホテルから出る途中、厨房の通路で銃撃を受け・・・翌6日未明、志半ばで42歳の短い生涯を閉じたのでした。

当時、狙撃の瞬間映像をTVニュースで見た記憶が微かにあります。)

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-ロバート・ケネディ

             <銃撃を受けた直後のロバート・ケネディ>

犯人は、パレスチナ系アメリカ人、サーマン・サーマン(当時24)とされています・・・がしかし、兄・ジョンの暗殺と同様、この事件にも多くの謎が残されています。


まずサーマン自身が事件(銃撃)の記憶がないと証言し続けており、当時から 「催眠術にかけられていたのでは?」 という憶測が流れていること。 それを裏付けるかのように、催眠誘導を研究していたとされるCIA工作員が、銃撃されたホテルの映像に映っていた事実もあります。


そして 「彼はロバートの正面に立っていた」 という目撃証言があるにも関わらず、ロバートの銃創には、後方から撃たれたものがあること。


しかしそれらの疑問点がありながら、ロス市警は大量の証拠写真を焼却して早々と捜査を切り上げてしまい、結局サーマンは終身刑の判決を受けて服役。

その後ロバートが逮捕や起訴にこぎつけたマルセロやホッファは娑婆に戻り、何事もなかったかのように世の中が以前の状態に戻っていく中・・・真相は闇へと葬り去られたのです。


清廉なイメージがあったロバートですが、後に何人ものハリウッド女優との交際が明らかになり・・・兄・ジョンの交際相手だったマリリン・モンローから不倫の相談を受けている内に恋愛関係に陥り、彼女がロバートの子を妊娠したという説まであります。うー

権力・女性スキャンダル・暗殺・・・やはりケネディ家は〝呪われた一族〟の宿命を背負っているのでしょうか?


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10246376070.html?frm=themeより引用させて頂いております。