影を慕いて

2010-07-25 07:07:07
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  “まぼろしの 影を慕いて 雨に日に
     月にやるせぬ 我が想い
        つつめば燃ゆる 胸の火に
          身は焦がれつつ しのび泣く”音譜
 
この歌詞を見て思わず口ずさんだり懐かしさを覚えるのは、間違いなく昭和世代の方でしょう。

この曲を含めて約4,000以上もの作曲を手がけたという、

 古賀 政男

今日は昭和歌謡史に燦然とその名を残す、この大作曲家の命日にあたります。


明治37(1904)年、現在の福岡県大川市に生まれた古賀正夫(本名)氏は、7歳で父親を亡くし朝鮮に渡るなど苦しい少年時代を過ごしました。


そんな中、中学3年の頃に兄からマンドリンをもらったことが、大きく運命を変えることになります。


大正12(1923)年に明治大学に入学。 

同大マンドリン倶楽部の創設に携わることに。

在学中に自殺未遂をしますが、卒業後の1931年に日本コロムビアと作曲家として専属契約を結んだ古賀氏は、その後の人生を大きく決定づける歌手・藤山一郎氏と出会います。

『酒は涙か溜息か』、『影を慕いて』 などがSPレコードで発売され、藤山氏の抜群の歌唱力によって次々とヒット。 その後も多くのヒット曲が生まれました。           

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-古賀政男

その後レコード会社の移籍等もありましたが、近江敏郎、ディック・ミネ、美空ひばり等々多くの歌手にも名曲を提供・・・物悲しくも、聴く者の心を温める独特の 〝古賀メロディー〟 は、今でも多くの人々に慕われ、歌い継がれています。

その殆どは私の子供時代に流行った歌ばかりですが、美空ひばりの歌う 『柔』『悲しい酒』 は今でも時々無意識に口ずさむことがあります。


昭和34(1959)年に日本作曲家協会を設立して初代会長に就任、日本レコード大賞を制定するなど音楽界の発展に尽力されましたが、今から32年前の今日・昭和53(1978)年7月25日、73歳で永眠。

その直後に、王貞治選手に次いで2人目の国民栄誉賞受賞者となりました。

現代はカラオケ全盛の時代ですが、古賀先生の曲は何故か自ら歌うよりも、小料理屋のカウンターで杯を傾けながらギターを手にした流しのオヤジさんの歌声で静かに聴きたい 笑3 ・・・そう思う私は、やっぱり昭和のオヤジなのでしょうか?

東京都渋谷区上原3丁目、日本音楽著作権協会(JASRAC)本部ビルの隣に、『古賀政男音楽博物館(コガ・ミュージアム)』 があります。

古賀メロディーを愛する方は、是非一度訪れてみてください。

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10510673486.html?frm=themeより引用させて頂いております。