愛国心

2010-12-22 07:07:07
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 中曽根 康弘   


1918年 群馬県高崎市生まれ。


1947年に衆議院議員初当選(※田中角栄氏と同期)以降連続20回当選。

半世紀以上代議士を務め、1982年から5年間にわたり内閣総理大臣の椅子に座った重鎮。


戦後の政治家で生前に 『大勲位菊花大綬章』 を授与されたのは吉田茂氏と2人だけ・・・故に〝大勲位〟と呼ばれ、92歳の現在でも矍鑠として政界に意見を述べておられます。


かつて90歳で亡くなった岸伸介氏が〝昭和の妖怪〟といわれましたが、さしずめ中曽根氏は〝平成の妖怪〟といえましょうか。


その中曽根氏が哲学者・梅原猛氏と対談した本を書店で見つけ、表題に惹かれて手にとってみました。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-中曽根・梅原

自民党内では弱小派閥の領袖であり、総理大臣の座に就きながら当時の最大派閥・田中派の力を背景にしていたため 「角影内閣」 ・ 「直角内閣」 などと、また本人も 〝風見鶏〟 と揶揄されましたが、それでも5年間にわたりその地位を保ち続けたのはさすが。

小泉総理以降の毎年変わる短命総理に比べれば、東大在学中から学生寮で天下国家を論じていたという中曽根氏の力量・格の違いを感じます。


本書の中で同氏は、国家のリーダーたる者に必要な素養に関して様々な意見を述べていますが、


「自国の文化を深く理解し、国土・国民を愛するナチュラリストであること。」

「毀誉褒貶を恐れず、気概をもって自らの信念を貫くこと。」

という中曽根氏の意見には、大いに頷けました。


逆にいえば、国益を守ろうという愛国心が全く感じられない、何をやろうとしているのか見えない、マスメディアの発表する内閣支持率に窮々としている現政権は、全くもってその裏返し。


中曽根氏が総理大臣を務めていた頃は、〝強いアメリカ〟の再現を目指した米・レーガン大統領、〝鉄の女〟と畏れられた英・サッチャー首相、民主化という歴史的大転換を指導した露・ゴルバチョフ書記長等々、今考えても淒い政治家たちが世界を動かしていました。


彼らと対等に渡り合うため、毎年開かれるサミットに出席する際には


「サミットは国際政治の〝オリンピック〟である。 負けてはいけない。

国民の税金でここへ出席させてもらっているのだから、日本の立場を表に出さなければ国民に申し訳ない。

彼らがギリシャ神話やシェークスピアの話をしているところに分け入って、仏教や芭蕉の話をすることができなければ負けだ。」


という気概を持って臨まれたとか。


確かに記念写真撮影の際、強引にレーガン大統領の横に割り込んだ・・・なんてこともありましたっけ。


でもこれこそが、一国の宰相として当然の心構えでしょう。


然るに、国際会議のホスト国でありながら相手の目を見ずにメモを棒読みするような人間が、各国首脳からナメられるのは自明の理。

当時を知る中年以上の世代には、現在の大人しい(?)世襲議員ばかりの政界を情けなく感じる方が多いと思うのですが、言い換えれば20世紀後半に登場した力のある政治家を知らない20~30歳代の若者たちが可哀想かも。


内憂外患の我が国・日本に、これから〝強い指導者〟は現れるのか?


(実際にはそう言っていないのですが)かつて 「不沈空母」 発言問題でマスコミから集中砲火を浴びた中曽根氏・・・、しかし今やその言葉さえ頼もしく感じてしまうのは、果たして私だけでしょうか?うー



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10734274241.html?frm=themeより引用させて頂いております。