戦 犯

2008-12-23 07:05:25
テーマ:

今日は天皇誕生日ですね。

 

最近の報道では、天皇陛下のご体調がいま一つ優れない由・・・一日も早いご快復をお祈りするばかりです。

 

さて・・・本来はおめでたい日なのですが、今回は敢えてこの日にまつわる〝影の歴史〟に触れたいと思います。

 

これが天皇(当時は皇太子)の誕生日に行われたのが偶然なのか、それとも何らかの意図があってのことのなかは分かりませんが・・・。

 

1948(昭和23)年12月23日未明、極東軍事裁判において死刑宣告を受けた東條英機・元陸相らA級戦犯7名が絞首刑に処せられました。

 

(※ A級戦犯とは極東軍事裁判において定義された「平和に対する罪」を犯し、同裁判で有罪判決を受けた者を指します。)

 

彼らが本当に「犯罪人」であるかどうかについて、ここでは論じません。

 

しかし極東軍事裁判そのものは、戦勝国のみによって敗戦国を裁く・・・しかも法律を遡及して効力を持たせるという強引な手法を用いた一方的なものであり、国際法に照らしても到底合法的な裁判とは言えず、この点を強く指摘したパール判事の無罪判決が、最も論理的かつ合理的な内容で支持できるものと私は考えてはいますが・・・。   

         

         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-東池袋中央公園
              <巣鴨ブリズン 処刑場跡地に立つ石碑>

 

そしてもうひとつ、日本人として忘れてはならない事実。

 

それは終戦後、死刑判決を受け処刑されたのは、A級戦犯よりもB・C級戦犯とされた人々の方が遥かに多かったということです。

 

(※ B級戦犯とは「戦争犯罪人」、C級戦犯とは「人道に対する犯罪人」を指します。 しかし実際各地で行われた裁判では、これを区別して審理されたわけではないそうです。)

 

分かっているだけで、B・C級戦犯として処刑された日本人は900人余・・・一説にはソ連で約3,000人、中国では約3,500人が処刑されたともいわれています。

 

しかも彼らの多くは、意見陳述を許されることなく一方的な審理で判決を受けたり、A級戦犯のように人道的な扱いを受けることなく、市街地を引き回された上で処刑された方までいたといわれています。

 

〝勝てば官軍、負ければ賊軍〟

 

この一言で片付けられては、国・上官の命令に従っただけで有罪とされ、処刑された方々があまりにも不幸です。

 

・・・明日はクリスマス・イブ。

 

皆が楽しい一時を過ごし、そして良い思い出を残して欲しいと思います。

 

しかし、私たちが現在当たり前のように享受している〝平和〟は、過酷な運命を背負わされた、名も無き先人達の犠牲の上に成り立っている事を心の片隅に留め、感謝の気持ちを忘れずにいたいものです。 笑3

 

 

 

 

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10170249391.html?frm=themeより引用させて頂いております。