拉 致


今から34年前の今日・1977年11月15日夕刻・・・両親と双子の弟2人共々幸せに暮らしていた女子中学生が、バトミントンの練習を終え帰宅する途中に忽然と姿を消してしまいました。 彼女の名は、

 横田 めぐみ さん

そう、あの北朝鮮による拉致事件に巻き込まれた被害者・・・事件のシンボル的存在の女性です。


帰宅しない娘さんを両親は必死になって探しましたが、行方はようとして分からず。

それもそのはず、その頃彼女は工作船の船底に約40時間押し込められ、北朝鮮に攫われたのですから。


まるで神隠しにあったかのよう・・・絶望的な日々を送るご両親の元に、「めぐみさんが平壌で生存している」という一縷の望みをつなぐ情報がもたらされたのは、それから20年経過してからでした。


           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-横田めぐみ

国会では1980年代から度々北朝鮮による拉致の可能性が指摘され、1988年に当時の梶山静六国家公安委員長が北朝鮮による拉致の可能性を政府として初めて示唆。

しかし外務省の消極的な姿勢もあり一旦この拉致問題は沈静化しましたが、1997年初頭に元北朝鮮工作員の脱北者・安明進からめぐみさんを含め様々な新情報がもたらされ、再び世間の注目を集めることになったのです。

同年には「北朝鮮に拉致された日本人を救出する会」が発足し、彼女を含め何人もの行方不明者が実名を公表。

ここで初めて国民は拉致事件を具体的に知るに至りました。

(※社民党は2000年を過ぎた後も、北朝鮮拉致事件は事実無根でっち上げなどの見解を崩しませんでしたが。)

その後紆余曲折を経て、2002年9月に小泉首相が北朝鮮を電撃訪問し金正日氏と会談。 

その席で同氏が13人を拉致した事実を認め謝罪。

翌月5人の拉致被害者が帰国を果たし、国内の注目度は最高潮に。

しかし北朝鮮は残りの被害者全員死亡と発表、これで拉致事件は解決と一方的に交渉打ち切りを宣言。

以後核問題を含めた他の国際問題が絡み、現在に至るまで拉致問題解決に進展は殆ど見られません。


一刻も早く拉致被害者の奪還を果たすべく、政府には全力を尽くしてもらいたいのですが・・・ご存知の通り現在の与党・民主党は在日外国人をサポーターとして認め献金を受け取るなどしていますから、とてもこの問題に本腰を入れるとは思えません。

野田総理はじめ国会議員の多くが、胸に日本人拉致被害者の救出を象徴する〝ブルーリボン〟バッジをつけていますが、あれは単なる格好づけ?


めぐみさんの父・滋さんは、昨日で79歳になられました。

75歳の母・早紀江さんのお二人に、政府は生きて愛娘と会わせてあげることができるのでしょうか? いや、その気があるのでしょうか? うー

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10974908094.html?frm=themeより引用させて頂いております。