撃 墜

今から27年前の今日・1983年9月1日・・・大きな国際問題となり、また多くの謎を残すことなった航空機事故(事件)が起きました。

 〝大韓航空機撃墜事件〟

ニューヨークのJ・F・ケネディ空港を飛び立ち、アンカレジ経由で韓国・金浦空港に向かっていたボーイング747・大韓航空007便は、予定航路を逸れて旧ソ連領空を航行。

レーダーでこれを捕捉したソ連軍のミグ機がスクランブル発進、警告を発したものの大韓航空機側は気づかず、また深夜だったためソ連機も目視での機体確認が出来ぬまま攻撃命令が下され、午前3時半ごろ同機はミサイルを被弾して墜落。

搭乗していたアメリカ下院議員や日本人乗客28人を含む16ヶ国・269人の乗客、および29人の乗員全員が死亡もしくは行方不明となりました。 

          ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-航路

当時は東西(米ソ)冷戦の最中、しかもアメリカ側は対ソ強硬派だったレーガン大統領、ソ連側はKGB出身のアンドロポフ書記長という時代・・・撃墜を非難するアメリカと徹底した秘密主義を貫くソ連との対立が深刻で、事件は多くの謎に包まれたまま。

しかし事件から8年後の1991年・・・ベルリンの壁崩壊に端を発した旧ソ連の崩壊により、早くから回収されていたブラックボックスを始めとした資料が公表され、その解析を元にして調査結果がまとめられました。

事故原因については、「乱気流もしくは積乱雲回避のため一時的に方位のみ自動操縦に切り替えたままINS(慣性航法装置)モードへの切り替えを忘れた、もしくはINSが所定の航路から7.5マイル離れていたために作動しなかった」 と併記。

しかしなぜ領空侵犯をしたことに気付かなかったのか? あるいは機長はそれを知っていて飛び続けたのか?・・・この点については機長が死亡してしまっている以上、推測の域を出ません。

アメリカ側主導のスパイ活動説、単純なINSデータ入力ミス説、燃料節約説等々さまざまな仮説が唱えられていますが、そのいずれにも矛盾点や疑問点があり、真相は闇の中。

そればかりか一部には生存者存在説もあり、30年近く経過した今でも謎の多い事件です。

もし同様のケースが現在起きたなら、おそらくロシア側はいきなり撃墜という行動には出ない可能性が強く、「東西冷戦の時代だからこそ起きてしまった悲劇」 といえるかもしれません。

ところで、もしこの事件同様に国籍不明機が日本領空に飛来したら、日本の航空自衛隊はどういう対応をするのでしょうか?

1976年には不審機の撃墜どころか、アメリカへの亡命を希望する旧ソ連軍人がミグ25で函館空港に着陸してしまった事件(不祥事?)がありましたが・・・昨日取り上げたテポドンの上空通過と合わせ、我が国の防空体制に関しては不安がぬぐい去れない私です。うー

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10537089065.html?frm=themeより引用させて頂いております。