政 商

2010-02-07 07:07:07
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日本三大派閥のひとつ、三菱財閥の創業者として知られる、

 岩崎 彌太郎 氏

今日2月7日は、彼の命日に当たります。

1835(天保5)年、土佐国に生まれた彌太郎は幼少より文才があり、14歳にして当時の藩主に漢詩を披露したようです。

その後念願だった江戸遊学を果たしたものの、父親が酒の上の喧嘩で投獄されたため帰郷。

冤罪を訴えたかどで彼自身も7ヶ月投獄された末に追放されてしまうのですが、その後吉田東洋が主宰する 「少林塾」 に入塾、この頃後藤象二郎と知り合います。

吉田東洋が参政すると彼自身も藩吏に・・・吉田が暗殺されたり、同僚の井上佐一郎が岡田以蔵に斬殺されたものの、彼自身は運よく(?)難を逃れ、更には藩費を浪費した責任を問われて辞職したらもかかわらず、後藤象二郎の引きによって藩の商務組織・土佐商会の主任に抜擢され、更には坂本龍馬率いる海援隊の経理も担当。

(そういえば、今年の大河ドラマ 『龍馬伝』 は、彼の視点から見た坂本龍馬像を描いていますネ。)

1868(明治元)年、土佐商会の閉鎖に伴い、開成館大阪出張所(大阪商会)に移籍。 翌年同商会が 「九十九(つくも)商会」 と改称、1873(明治6)年更に 「三菱商会」 と社名を変え、土佐藩の負債を肩代わりして得た藩船3隻で海運業に進出・・・これが後の 「日本郵船」 の前身となるのです。

彼は 「武家の商法」 からの脱却を目指し、社員に笑顔での接客を指導。 

また新興会社の成功には社員の奮闘が必要と判断、日本で初めての賞与(ボーナス)を支給したといわれています。


               ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-岩崎彌太郎

やがて岩崎氏は、明治政府が全国統一貨幣制度導入に伴い藩札を買い上げる、という情報を入手。

予め大量に買占めて政府に売ることにより、莫大な利益を得ます。

今だったら、間違いなくインサイダー取引で逮捕されるでしょうけどネ。うー

岩崎氏は1885(明治18)年2月7日に50歳の若さで他界しますが、彼の娘婿、加藤高明・幣原喜重郎の2人が総理大臣を務めるという血縁を築いて政界に隠然たる力を貯え、彼の弟・弥之助氏、長男・久弥氏らによる三菱グループ躍進の礎を築いた、まさに〝政商〟でした。

ところで、三菱といえばトレードマークは「スリーダイヤ」。

これは九十九商会が船旗号として採用した三角菱のマークが現在のスリーダイヤ・マークの原型なのだそうです。


これは岩崎家の家紋〝三階菱〟と、土佐山内家の家紋〝三ツ柏〟が合体したもの。

   ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-三階菱
ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-土佐柏
ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-三菱

    〝三 階 菱〟 + 〝土佐の三つ柏〟 〝三  菱〟 

これが後に社名を三菱と定める素地となりました。


戦後の財閥解体にもかかわらず組織は成長をし続け、三菱グループの会長・社長の集まりである 『三菱金曜会』 に所属する企業は29社、更に 「三菱」 を冠する会社は国内外約400社もあるとか。驚き顔 スゴイッ


世界有数の一大コンツェルンの創始者であった岩崎氏・・・彼の人生を辿ると、明晰な頭脳と人脈、強運と豊富な情報・・・これら全てを持ち合わせていたことが分かります。 笑2



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10401121682.html?frm=themeより引用させて頂いております。