昼 寝

やりましたネ、石川遼選手! 17歳の日本人がマスターズ出場。扇子 

特別推薦枠とはいえ、実績が認められての招待。 優勝はともかく、来年の出場権獲得(16位タイ以内)を目指し、胸を張って世界の名手たちと戦ってきて欲しいです。

昨日の記者会見も、相変わらずさわやかでしたねぇ。

どこかの政治家さんたちも、是非見習ってもらいたいくらい・・・。

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さて・・・今日1月24日は、イギリス史上に・・・というよりも、世界史上に名を残す大政治家の命日にあたります。

サー・ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル

Sir Winston Leonard Spencer – Churcill

1874年、元蔵相を務めた政治家の父と社交界の華であった母の間に生まれたチャーチルは、F・ルーズベルトやD・マッカーサーと遠戚関係にありました。

幼少時代から寄宿学校に入れられ厳格な教育を受けましたが、成績は芳しくなかったようで、士官学校入学に大変時間がかかったようです。

文才があったチャーチルは、1899年のボーア戦争に従軍記者として参加し、そこで敵方に捕えられ捕虜となりますが首尾よく脱走に成功・・・このことで彼の名は一躍イギリスで有名になったそうです。

従軍体験記を本にして発刊、その売上で得た利益を基に1900年下院議員選挙に立候補し、見事初当選を果たします。

しかしそれからの政治活動は、海軍相となるも戦争で敗北して辞任、選挙にも落選するなど、決して順風満帆ではありませんでした。

しかし1939年ドイツに宣戦布告した後、彼は再び海軍相に就任すると翌年には首相に任命され、挙国一致内閣を率いて国民を鼓舞。

アメリカを第二次大戦に引き込むことに成功し、戦局を圧倒的有利に導いたのですが・・・1945年7月の総選挙で敗北を喫し、ポツダム会談の途中で帰国を余儀なくされるという屈辱を味わいます。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-チャーチル

終戦後、トルーマン大統領の招きで訪米。 1946年3月5日にミズーリ州で行った演説で、東西冷戦を予言(?)した〝鉄のカーテン〟という言葉は有名です。

1951年、再び首相の座に返り咲いたものの4年後に引退しましたが、それ以前に著わした第一、二次大戦の戦記等は高い評価を受け、政治家でありながら1953年にはノーベル文学賞を受賞

その文学的センスやウィットが超一流だったのは当然だったわけです。 

某国の(漢字読めない)総理大臣とは、大分レベルが違うようですネ。

そんな彼が日課としていたのは・・・なんと〝昼寝〟だったとか。 

国会期間中でも昼寝ができるように、議事堂内には彼専用のベッドがあったんですって。驚き顔

とすると、我が国の議員先生方がうたた寝するのも、無理からぬこと? うー

その昼寝が健康に良かったのか、彼は90歳の長寿を全うし、1965年1月24日に天に召されました。

そんな彼が残した名言の一つをご紹介しますと・・・

「悲観主義者は全ての好機の中に困難を見つけるが、

     楽観主義者は全ての困難の中かに好機を見出す。」

A pessimist sees the difficulty in every opportunity,

  an opaotunist sees the opportunity in every difficulty. ”

生前、躁うつ病に苦しめられたというチャーチルのこの言葉・・・ひと際重みを感じてしまいます。笑3




こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10182377424.html?frm=themeより引用させて頂いております。