時速100㎞の恐怖

2009-06-03 07:07:07
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元来、日本有数の温泉地帯として有名だった長崎県・雲仙。


〝三峰五岳〟からなる雲仙岳のひとつ、

 普 賢 岳

で大火砕流が発生し、死者43名・行方不明9名という(昨年の御嶽山噴火があるまでは、戦後最悪の)大惨事を引き起こしたのが、今から24年前の今日・1991(平成3)年6月3日午後4時過ぎのことでした。


 

そこで活発な火山活動が始まったのは1990(平成2)年・秋頃のことでした。

一時小康状態となったものの、翌年2月から数度の噴火を繰り返し、現地では緊張感が高まりました。

この時の報道で、私は初めて「溶岩ドーム」とか、「土石流」「火砕流」という単語を耳にしたのですが・・・具体的にそれがどういうものかが分からぬまま、(多分そのうち火山活動も収まるんだろう) と、ニュース見ながら他人事のように思っていました。

ところが、1991年の今日・6月3日の午後4時過ぎに発生した大火砕流は、そんな安易な予測を覆す、想像を絶する凄じいものでした。

あっという間に空一面を覆い尽くすかのような噴煙と轟音、そしてTVカメラの前で 「逃げろ、逃げろ!」 と真っ青になって叫ぶマスコミ関係者や警察・消防関係者たち・・・。

ニュースでその映像を見た時、「これは本当に日本で起こったことなのか?」 と思った程の衝撃を受けました。

               
         

それまでは、ハワイ・キラウエア火山のゆっくり流れる溶岩の映像くらいしか見たことがなかっただけに、時速100kmで斜面を土砂が下ってくるという「火砕流」の凄まじさや、また一夜明けて上空からヘリコプターで撮影された、土砂で一面を覆いつくされ灰色一色になった現地の模様は、今も鮮烈な記憶として残っています。

この火砕流により、逃げ遅れた報道・警察・消防関係者ら43名 (内行方不明者3名) もの尊い命が奪われたのでした。

いつも見ていたニュース番組で、度々現地リポーターとして画面に登場していた記者が亡くなった・・・と伝えるキャスターの、引き攣った表情も忘れられません。

当時は行き過ぎた取材競争や監督官庁の見通しの甘さなどが批判されましたが、この犠牲者の中に世界的火山学者であったクラフト博士夫妻が含まれていたことを見ても、いかに予想不能の出来事だったかが伺えます。

自然の力と恐ろしさ、そして人間の無力さを思い知らされた大災害でした。

この4年後、雲仙岳はようやく火山活動を停止し、幸いにも現在は嘗てのような平静を取り戻したそうです。

しかし地震大国・日本に暮らす我々は、常に自然に対する〝畏敬の念〟を忘れてはならないでしょう。

あらためて、この大火砕流で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。


< https://www.youtube.com/watch?v=r0gFFJUsIrE
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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10239881833.html?frm=themeより引用させて頂いております。