望 郷

2010-07-30 07:07:07
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その指揮者の演奏を初めて聴いたのは、私が中学3年生の時でした。

ドボルザークの交響曲第9番 『新世界から』 ・・・その精緻な音楽は、まだ子供だった私にも衝撃的でした。

その指揮者とは、

 ジョージ・セル

 (George Szell

ハンガリー人の父とスロヴァキア人母の間に生まれた、天才音楽家です。

1897年にハンガリーのブタペストに生まれた彼は、3歳からウィーン音楽院でピアノ・指揮・作曲を学び、11歳でピアニストとして自作曲を演奏。

16歳であのウィーン交響楽団を指揮し、「神童」と呼ばれました。


ベルリン・フィルとも交流を持った彼は、やがて自らの進路を指揮者に絞ります。

そしてオーストラリア・アメリカの演奏旅行中に第二次世界大戦が勃発、帰国をあきらめたセルはアメリカに定住。

トスカニーニの援助によりNBC交響楽団の客演指揮者を務めた後、終戦後の1946年にクリーヴランド管弦楽団の常任指揮者に就任しました。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-George Szell

完璧主義者であった彼の指導は殊の外厳しく、就任1年目で、クビにしたり自ら去って行った楽団員が全体の2/3に達した程だったとか。

しかし彼の育成能力は抜群でした。

(そう言っては失礼ですが) 単なる一地方オーケストラだった同管弦楽団を、セルは以後四半世紀にわたって鍛え抜き、いつしかニューヨーク・フィルらと並び称される超一流のオーケストラに育て上げたのですから。

あのカラヤンでさえ非常にセルを尊敬していたそうで、セルの目の前に立つと緊張して直立不動・・・その威厳に圧倒されて、何か聞かれても 「ハイ、マエストロ。」 としか言えなかった、というエピソードが残されています。

1970年、大阪万博を記念した来日公演では、世界最高と称えられたアンサンブルで聴衆を魅了し、その出来栄えは今でもファンの間で語り草になっているとか。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-セル来日公演

確かにシベリウスの 『交響曲第2番』 は、聴いていて鳥肌が立つほどの迫力・・・圧巻です。

しかしこの来日公演の僅か2ヶ月後、癌のため73歳で急逝。

これからますます円熟期の演奏を期待した多くのファンを悲しませました。

ということは、私が初めて 『新世界から』 を聴いて感動した時・・・既にセルはこの世にいなかったのです。

その時にレコードで聴いた同じ演奏と、同じくドボルザークの 『交響曲第7・8番』、スメタナの 『わが祖国』 のCDが私の手元にあります。

       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-セル・ドボルザーク

セルの演奏に関しては、「精緻なれども冷たい」 という評価があるようです。

しかし少なくとも私はドボルザークの演奏を聴く限りにおいて、その一糸乱れぬ完璧に統制されたオケが生み出す音色からは、むしろ温かさを感じるのです。

もしかしたらそれは、東欧に生まれながらアメリカ移住を余儀なくされたというドボルザークと似た境遇に、彼自身の〝望郷の想い〟が重なった故なのかもしれません。

個人的には、今もってドボルザークの交響曲は、セル=クリーヴランド響の演奏が最高の名演だと思っている私・・・今晩は 『新世界から』 を聴きつつ、中学時代の感動を今一度味わいたいと思います。笑3



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10514519985.html?frm=themeより引用させて頂いております。