気 骨

今日は、日本映画史上にその名を残す〝名脇役〟の命日にあたります。


笠 智衆 


小津安二郎監督の作品を中心に数多くの映画・ドラマに出演、60年以上の俳優人生を歩まれました。

1936(昭和11)年の『一人息子』(小津監督)で老け役を演じ高評を博して以来、お父さん・おじいさん役が多かった笠氏。

私の中では、山田洋二監督の『フーテンの寅さん』シリーズにおける〝御前様〟役や、伊丹監督作品での僧侶役など、どうしても「お坊さん役」のイメージが強いのですが・・・それもそのはず、笠氏の生家は熊本県にある浄土真宗本願寺派・来照寺という、由緒あるお寺なのです。


どうみても芸名としか思えない「智衆」という名前も、父親が将来住職になることを考えてつけた実名なのだそうです。目 ヘェ~

しかし、本人は子供の頃から自分に殺生を厳しく禁じながら、自分では毎晩刺身を肴に酒を飲む父親を見て育ったためか、

「僕は仏教を信じていない。信じていないものを人に教えるのは罪だ。」

と言って寺を継がず、龍谷大学に進学するといって京都に出ながら、松竹キネマ俳優研究所の一期生として合格し、寺は兄夫婦に押し付ける形で俳優の道に入って行きました。

しばらく大部屋暮らしで苦労したものの、生来の寡黙さと柔道をやっていたおかげで、先輩たちにいびられることはなかったようです。

小津監督に見出されてからは、山田洋二監督や山田太一氏、倉本聡氏ら脚本家からも「古き良き日本人」のイメージを表現できる俳優として重用されました。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-笠智衆

            <小沢忠恭「笠智衆 写真集 おじいさん」より>


出身地の熊本訛りが生涯抜けず、デビュー当初は台詞回しに苦労したそうですが、年齢を重ねるとともにむしろそれが独特の雰囲気…実直・冒頓さをを醸し出すこととなり、他の俳優にない強みとなったのだとか。

それともう一点。 笠氏の俳優人生で、決定的な特徴があったのですが・・・お分かりになるでしょうか?


彼は出演作品の中で、決して泣いたことがないのだそうです! 驚き顔 ヘェ~

恩師・小津監督が メガホンを取った『晩春』 という作品のラストで、慟哭するシーンがあったのですが、

「『男は泣くな』と言われて育ったから・・・」とガンとして応じず、遂に小津監督があきらめた・・・という逸話があったとか。

明治男の気骨を失わなかった、まさに「古き良き日本人の心」を演じた名優でした。

笠氏は著書 『俳優になろうか』 の中でこう語っています。


“浄土真宗の寺に生まれながら寺を継がなかった私だが、『他力本願』という言葉は知っている。

今日まで私がまがりなりにもこうやってやってこられたのも、何か目に見えぬ大きな計らいによって、多くの人たちの力に支えられてきたからだと思っている。”


ブルーリボン賞など多数の映画賞や、紫綬褒章・勲四等旭日小綬賞などを受けた大先輩のご冥福をお祈りしつつ、その謙虚な言葉をかみしめたいものです。笑3






こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10179568896.html?frm=themeより引用させて頂いております。