海外遠征回想記 vol.4 <おばあちゃん>  

2009-04-23 07:07:07
テーマ:

様々な体験の連続だったブラジル遠征。

最も印象深かったのは 人の〝情〟に触れたこと でした。


サンパウロはともかく、バスで転戦した地方都市(というより街?)は、お世辞にも近代的とは言い難く、開拓地の雰囲気を色濃く残していました。


そんな中でも地元の日系人の方々は、私たちに精一杯のもてなしをして下さったのです。


グラウンドは日本のそれに比べてかなり荒れていました()が、試合当日直前まで懸命に整備して下さり、食事も肉ばかり食べていた私たちを気遣ってか、現地では貴重なもち米と海苔を使って巻き寿司などの日本食を揃えて下さいました。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-ブラジル遠征

             <某地方球場にて  右・ナベちゃん>

実は私、サンパウロ入りした時から不思議に思っていたことがあったのです。 


現地で配布されていた我々日本チームの紹介パンフレットには、選手一人ずつの顔写真が載っており、その下に大学名が入っていたのですが、もうひとつ・・・出身県が印刷されていたのです。


「なんで県名なんか入ってるの?」 

しかしこの疑問は、転戦先で氷解しました。

バスで長距離移動した最初の地方都市では、到着してすぐに地元主催の歓迎レセプションが行われました。


本当に心の込もった料理の数々がテーブル狭しと並ぶ会場で、暫し歓談していた中・・・突然、

「お~い、渡辺さんはどこ~?」 という男性の大きな声。

「はい、ここにいますけど。」  と応えると、中年のおじさんが

「あぁ、いたいた。 ホラホラこっちだょ、こっち!」 と言いながら、80歳代とおぼしき小っちゃなおばあちゃんの手を引いて、私の目の前にこられたのです。

「ほら、おばあちゃん。 長野からわざわざ来てくれた渡辺さんだョ!」

そう言われたおばあちゃんは、「おぉっ、おぉっ・・・」 と私の手を取って、ただただ嗚咽を漏らすばかり。

まだ10歳代の頃に長野県から家族全員でブラジル移民として船に乗り地球を半周。 あてがわれた土地を懸命に開拓してひたすら農作物を作り続け、気づけば60年以上祖国の地を踏みしめることはなかったというおばあちゃん。

日本から大学生が親善試合でこの街に来る、そしてその中に1人だけ長野県人がいる。


おばあちゃんは故郷の話を聞きたくて、私と会える日をそれは楽しみにしていらっしゃったとか。

しかも驚くべきことに、話しを聞くとこのおばあちゃん・・・私の祖父と同じ村の出身だったのです!驚き顔 おばあちゃんは、なんと私の祖父の名を覚えていらっしゃいました。

地球の裏側で、まさか祖父の名を聞くとは・・・再び手を握って涙を流すおばあちゃんを見て、私も、そして周囲の人々も只々もらい泣き。泣き1

家族以外に心の支えとなったのは、同郷の仲間達・・・なぜ 「県人会」 という組織が強い絆で結ばれているのかを、初めて知りました。

おばあちゃんの、小さくてシワだらけのゴツゴツした手の感触・・・今でも忘れることができません。


先人達のご苦労と郷愁の深さを、心に刻んだ遠征でした。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-夕陽

どうかこの連休に旅行に出かける皆様が、

         心に残る素晴らしい体験をなさいますように! 笑3


    

               ペタしてね






こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10221901984.html?frm=themeより引用させて頂いております。