淒 腕 

今から27年前の今日・1984年7月28日に開幕した、

 第23回夏季オリンピック・ロサンゼルス大会

通称・ロス五輪の開会式は、私にとって非常に印象深いものでした。

何故なら、映画 『007・サンダーボール作戦』 に出てきた〝ロケットマン〟がいきなり登場し、空中遊泳をしたのですから。

※そのシーン、こちらでご覧いただけます。(↓)

< http://www.youtube.com/watch?v=QBCetGNwwtM
>

前回のモスクワ大会でアフガン侵攻に抗議したアメリカや日本をはじめとする多くの西側諸国がボイコットした報復として、ソ連ら東側諸国が参加しなかったために若干寂しくなった同大会。


しかし日本人にとっては、柔道・山下泰裕選手の涙の優勝をはじめ金10・銀8・銅14個と大量のメダル獲得や、カール・ルイスの4冠達成など、大いに楽しめる内容でした。


また、この大会はオリンピック史上において大きな転機となったのです。

それは、「一切の税金を使わず黒字を計上」 したこと。


それまで歴代開催国は莫大な税金を投入し、しかも大会後は赤字の後遺症に苦しんできました。

その現状に尻込みしてか開催立候補は徐々に減り、1984年の開催地にはロサンゼルスのみという有様。


このオリンピックの窮状を救ったヒーローが、同大会委員長を務めた当時47歳の気鋭

  ピーター・ユベロス 氏

 (Peter Victor Ueberroth

          ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-ユベロス

同氏は1937年イリノイ州生まれ。

彼自身、水球のオリンピック候補選手になった程のスポーツマンでした。

大学卒業後、大手旅行会社に就職。 

そして20代後半だった1963年に独立して旅行会社を設立し、従業員1,500人を擁する北米第2位の大会社に成長させたやり手。


その経営手腕を買われてロス五輪の大会組織委員長に抜擢された彼は、自らの旅行会社を1,400万ドルで売却して就任するや、斬新な戦略を次々と打ち出します。


テレビ放映権料をABCに破格の約450億円で売却したり、オフィシャル・スポンサーを1業種1社に絞り、価値観を高めたのをはじめ、聖火リレー・ランナーを有料化。


一方でメイン・スタジアムは50年以上前のロス五輪で使用したものを改修利用したり、大量の学生ボランティアを動員するなど徹底的なコスト削減も行い、結局終わってみれば約400億円もの黒字を計上して大会を大成功に導きました。 


一躍時の人となったユベロス氏は、ロス五輪終了直後の1984年10月に大リーグのコミッショナーに就任。


様々なテコ入れを行い、赤字経営の球団が多数あるといわれた大リーグを4年後には全て黒字化することに成功したといわれています。


但し、そのやり方にはかなり強引な部分もあったようですが・・・。


1人の敏腕実業家によって息を吹き返したオリンピック・・・中には商業化を非難する向きもあるようですが、もし彼の存在がなかりせばオリンピックの継続開催は困難だったかもしれません。


ユベロス氏が我が国の総理大臣に就任したら・・・実際には有り得ないことですが、政界のレベルの低さを見るにつけ、ついつい無いものねだりをしてしまいたくなる私です。うー


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10878659921.html?frm=themeより引用させて頂いております。