焼 失

59年前の今日未明・・・古都・京都の静かなる闇は、燃え盛る炎と喧騒によってその静寂を破られた・・・。

1950年7月2日、14世紀末に足利義満によって新改築された鹿苑寺・金閣舎利殿が全焼したのです。

原因は放火。 

当時21歳だった同寺の見習い学僧・林承賢による犯行でした。

この火災により舎利殿の他、国宝・足利義満の木像など文化財6点も焼失。 

辛うじて当時取り外してあった頂上の鳳凰のみが被災を免れました。

林青年は、裏の山林で服毒し腹を切って自殺を図り倒れていたところを保護され、一命を取り止めたのです。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

舞鶴市内にある禅寺の僧侶であった父の許に生まれた林青年・・・学校の成績は優秀だったものの、吃音があったため周囲からからかわれ、人付き合いがうまくできなかったようです。

病気がちだった父親は自らの死期を悟ってか、我が子の将来を託すべく面識のない鹿苑寺の住職に弟子入り志願の手紙を出し、それが受理されて林青年は入門を許されます。 (父親はその後まもなく病死。

しかし京都市内に転居し大谷大学予科に進学したものの、成績は急降下。

吃音に対するコンプレックスも更に深くなったようで、自分を叱る住職にも見放されたと思い込んだ彼は、「火災報知機が壊れている」 という老案内人の言葉を聞き、火をつける決意を固めたといいます。

息子に大きな期待を寄せていた母親は京都府警に呼び出しを受けた後、失意の中その帰宅途中に汽車から投身自殺を遂げ・・・彼自身も懲役7年の実刑判決を受け服役、恩赦による出所後まもなく肺結核により26年の短い人生の幕を閉じました。

「金閣寺の美しさを呪い、反感を抑え切れなかった」

犯行の動機について、こう語ったという林青年・・・彼の内面をこれ程まで卑屈にさせたのは、己のコンプレックス・母親の期待・周囲の環境が混ざり合った結果だったのでしょうか?


焼失する前は金箔が殆ど剥がれ落ちていた舎利殿でしたが、集まった浄財等により1955年に復元され、1987年には総工費7億4,000万円をかけて金箔全面張り替え工事が完成。 1994年世界遺産の指定を受けました。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-金閣寺

郷里・舞鶴の墓地に、並んで葬られているという林母子・・・あの世から現在の光り輝く金閣寺を見下ろしながら、二人はどんな会話をしているのでしょう?

この事件については、実際に林青年と会った事もあるという作家・水上勉氏が 『金閣炎上』 というノンィクション小説を上梓しています。 

              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

残念ながら現在は絶版になっていますが・・・古本市場で入手できるようですので、興味のある方はご一読ください。



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10259414854.html?frm=themeより引用させて頂いております。