球 聖

2010-12-18 07:07:07
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ゴルフをする方は、必ずこの方の名前を聞いたことがあるはず。

本名は、ロバート・タイアー・ジョーンズ・ジュニア (Robert Tyre Jones, Jr.) なのですが、こちらの通称(?)の方が遥かに有名です。

 ボビー・ジョーンズ

  (Bobby Jones


今日は、生涯をアマチュアで通し〝球聖〟と呼ばれたゴルファーの命日にあたります。

1902年にジョージア州アトランタに生まれたジョーンズ氏は、近所のゴルフクラブの所属プロについて回ってゴルフを覚え、6歳の時からプレーしたそうですが、何と生涯を通してゴルフ・レッスンを受けたことがなかったとか。

まさに天才ゴルファー・・・と思えるのですが、実は若かりし時代は短気な性格で、時に思い通りのショットが打てないとクラブを叩きつけて悔しがったとか。

しかしある時に 「ゴルフは人との闘いではなく、コースとの闘い」 すなわち〝Old man par=パーおじさん〟との勝負であることに気づいて以降は、自分を傍観的に見つめる冷静さを身につけたそうです。

(私のような凡人には、それがなかなかできないんですょねェ。)あせあせ

1923年に21歳で全米オープンを制してから、8年間でメジャー優勝が何と13回。

圧巻は1930年、当時の4大メジャー (全米オープン・全英オープン・全米アマ・全英アマ) を全て制覇するという離れ業を演じ、史上只1人の年間グランドスラマーとなったこと。

「当時は他にライバルになるような選手がいなかったからでは?」 と思う方もいらっしゃるでしょうが、決してそんなことはありません。

同時期にプレーしていたゴルファーにはメジャー通算11勝のウォルター・ヘーゲンや、サンドウェッジの考案者として知られるメジャー通算8勝のジーン・サラゼンなど、多くの強豪プロゴルファーがいたのですから。

そしてその戦績だけではなく、弁護士を生業として知性と教養に富んだ彼のプレースタイル・スポーツマンシップも賞賛に値するものでした。

1925年の全米オープンで、自らのボールが動いたことを競技委員に申告してペナルティーを課したエピソードは有名です。

(※それまで単独トップだった彼はこのペナルティーによって2位の選手に並ばれてしまい、プレーオフの末に結局優勝を逃しています。)

そしてさらに驚くべきは、全英オープンに勝ってグランドスラムを達成したその翌月に引退を発表したこと。

全盛期とも思えた彼の決断は、多くのゴルフ・ファンを悲しませました。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Bobby Jones

しかし彼自身はゴルフから完全に遠ざかったわけではありませんでした。

ジョージア工科大学で機械工学学士、ハーバード大学の英文学学士を取得していた彼はゴルフコースの設計やゴルフに関わる著作の執筆を行いました。

特に彼自身がアリスター・マッケンジーと共にコースを設計し、多くの名手を招待して1934年から始まったオーガスタ・ナショナルでの 『マスターズ』 は、今や全てのゴルファーにとっての憧れである世界最高のメジャートーナメントになっています。

その後第二次世界大戦では空軍の指揮官としてノルマンディー上陸作戦にも参加したジョーンズは、脊髄空洞症という奇病に見舞われ車椅子の生活を余儀なくされ、1971年12月18日に多くの人々に惜しまれつつ69年の生涯に幕を閉じました。

彼の訃報を聞いた セントアンドリュースGCが、彼の死を悼んでクラブハウスの旗を半旗にして追悼の意を表したことが、彼のゴルフ界への貢献がいかに大きかったかを象徴しています。

「人生を長い目で見れば、〝運〟は誰にでも平等公平なものだ。」

「人間は、自分が敗れたときこそ種々な教訓を得るものだ。
私は、勝った試合からはかつて何物をも学び得たことはなかった。」

史上最高のアマチュア・ゴルファーにして類稀なる人格者・ジョーンズ氏の言葉をかみしめつつ、〝球聖〟のご冥福をお祈り致します。笑3

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10650861715.html?frm=themeより引用させて頂いております。