異 種

中高年の方ならば、たとえ格闘技ファンでなくとも37年前の今日・1976年6月26日に日本武道館で行われた試合のことは、ご存じのことと思います。


 『アントニオ猪木 vs モハメド・アリ』


そう、異種格闘技の草分けといっていい、世紀の・・・というより、伝説の一戦です。

当時無敵のボクシング世界ヘビー級チャンピオンと、日本のプロレス界でジャイアント馬場と並び立つアントニオ猪木の対戦は、実は〝瓢箪から駒〟的なプロセスで実現しました。


試合から遡ること1年3ヶ月前、ビッグ・マウスで有名だったアリが、「100万ドルの賞金で、俺に挑戦する東洋人はいないか?」 と口走ったのが、事の発端。


これを聞きつけた猪木が 「自分が900万足して、賞金を1,000万ドルにするから」 と対戦を熱望。


当初はアリの取り巻きが対戦を許さず実現は困難に思えましたが、猪木サイドの巧みな海外マスメディア戦略が功を奏し、1976年3月に調印式が行われ対戦が実現することに。


しかし所詮はボクシングとプロレスは全く違うファイト・スタイル。


いざ試合開始となると、猪木はアリのパンチを食らわないようリングに尻をつくグラウンディング・スタイルでキックを繰り出す程度。


そしてアリは猪木の周囲を威嚇しながらグルグル回るだけ。


結局15ラウンドの中で両者が絡み合うことは殆どなく、試合は引き分け。

当時は〝世紀の凡戦〟と酷評されました。


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しかしその後、試合に至るまでの経緯が明らかになってくると、その評価はかなり変わりました。


当初アリサイドは、この試合がエキジビション (もしくは八百長) だと思って来日したようですが、公開スパーリングでの猪木の真剣さを目にして態度を一変。


試合のキャンセルをちらつかせて試合当日までルール変更を強行に要求。


結果的に猪木サイドは殆どのプロレス技を禁じられ、許されたのがグラウンディングでのキックだけだった・・・というのです。


それじゃあ、あのような試合内容になるのは無理からぬこと。


要はアリ側が怖気づいたってことのようです。


しかし傍目には凡戦に見えたこの対決ですが、それが真剣勝負であったことは猪木が小指の剥離骨折を負い、アリも試合後アメリカで入院を余儀なくされる程のダメージを受けたことでも伺えます。


そもそも、もしあの試合が八百長だったら、あんな惨めな試合内容になるはずがないですから・・・。


私自身、この試合は固唾を飲んでテレビ観戦したものの、あまりにつまらなくて拍子抜けしました。

しかし試合後猪木が残した、「アリのジャブが掠った瞬間、彼の顔が3つに見えた」 いうコメントに、あらためてヘビー級ボクサーのパンチの凄まじさを感じたことも、よく憶えています。


この一戦により、アントニオ猪木の国際的知名度は一気に上昇。 

しかし一方、アリに対する高額なギャラ支払いのために猪木サイドは莫大な借金を抱えたことも事実。


でも格闘技・プロレスファンにとっては、異種格闘技を含めたプロレス人気に火をつけたという意味において、歴史に残る対戦だったといえましょう。


この一戦、YouTubeでご覧いただくことができます。

お時間のある方は、是非ご覧になってください。(


  < http://www.youtube.com/watch?v=pJBSpX1nnB0
>


見たことのない若者はもちろん、中高年の方も郷愁に浸りつつ・・・そしてあらためてこの試合が〝歴史的一戦〟だったのか、〝世紀の凡戦〟だったのかをご判断ください。笑3


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11207099956.html?frm=themeより引用させて頂いております。