破滅型天才

2009-01-21 07:05:25
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遂にオバマ大統領が誕生しました。

アメリカ史上初の黒人大統領として歴史的な就任演説を行ったオバマ氏。

会場に集まった聴衆の凄じい人数が、彼に対する国民の期待の大きさがわかります。

しかしその期待が大きい程に、責任も重くなるのが大統領の宿命。

〝理想と現実〟 〝イメージと実像〟

オバマ氏には、今日からいかにそのギャップを埋めるか・・・日々その戦いが待っているわけです。

世界的大不況の元凶となったアメリカをどう立て直すのか、また対日政策がどうなるのか?

大きな期待と、ぬぐい去れない不安が交錯する複雑な気持ちで、私はこれから47歳の世界最大権力者を注視していきたいと思います。

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さて・・・不景気になるほど人気が出るのが「お笑い」だといわれています。

今や漫才人気はすっかり定着しつつあり、先月の〝M-1〟の参加組数を見ても、次々と若手が登場して凌ぎを削っているのがわかります。

私もお笑いは大好きですが、最近の漫才はやたら大声・早口の芸風が多く感じて、少々ついていけない感があるのです。

40~50歳代以上の方ならばよくご存知、1980年代に一世を風靡した〝THE MANZAI〟ブーム・・・ビートたけしのツービート、島田洋七のB&B、島田紳助の紳助竜介などが売り出しの頃、絶対的な存在・漫才界の横綱として君臨していたのが、あの〝やす・きよ〟コンビでした。

天才漫才師の名を欲しいままにしていた横山やすし・・・彼がアルコール性肝硬変で51歳の生涯を閉じたのが、今から13年前の1996年の今日・1月21日でした。

子供の頃から漫才師になる決意を固め、卒業式でもマンザイを披露して拍手喝采を浴びた木村雄二(本名)少年は松竹新演芸(現・松竹芸能)に入社。

しかし相方とのコンビ解消などの事情から横山ノック氏に弟子入り。 横山やすしを名乗ると同時に吉本興業に移籍します。

何回か相方が変わった後、西川きよし氏と出会い、1966年に〝やすしきよし〟でデビューを果たします。

「天才漫才師」といわれ、才能だけで漫才をゆっていたようなイメージがあった横山氏でしたが、実際は「コント55号」を追い越そうと必死で勉強したのだそうです。

努力の甲斐もあって、1970年には上方漫才大賞を受賞するなど、着々とその地位を固めつつあったのですが・・・。

                ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-横山やすし

父親が電車にはねられて亡くなるという不幸が契機となったのか、彼は傷害事件や無免許運転、更にはコメンテーターとして出演していた 『TVスクランブル』 での暴言や遅刻など様々なトラブルを重ね、吉本興業から謹慎処分を受ける羽目に。

そして決定的(?)だったのは、相方・西川きよし氏の参院選出馬(1986年)でした。

西川氏の当選により、実質的にキー坊との漫才ができなくなった横山氏は、ますます生活が荒れ・・・遂に1989年、酒気帯び運転で人身事故を起こし吉本興業を解雇されてしまいます。

子供の頃から負けず嫌いで、一番になることに憧れていたやっさん・・・もしかしたらキー坊との決別で「もう一番にはなれない」とヤケになってしまったのでしょうか?

また弟子には非常に厳しかったのは有名で、自分より若い者が酒席で先に帰るのを事の他嫌ったのだそうです。 チラッとでも時計を見ようものなら、その腕時計を外させて鍋に放り込んでしまうこともあったとか。

これも、もしかしたら寂しがり屋だったことの証左かもしれません。

いずれにしても、私生活のトラブルを〝芸の肥やし〟としてきた古き良き(?)時代を象徴する、最後の天才芸人であったことは間違いないでしょう。

やすし・きよしの漫才を見ながら()、ご冥福を祈りたいと思います。(-人-)

< http://jp.youtube.com/watch?v=QHxsYf3LstU
>

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10181420740.html?frm=themeより引用させて頂いております。