確 定

13年という歳月は、被害者遺族だけでなく加害者にとってもあまりに長かったことでしょう。

『光市母子殺人事件』 に関して最高裁は20日、犯行当時18歳1ヶ月だった被告側の上告を棄却、死刑が確定しました。

【一審無期 → 二審無期 → 最高裁差し戻し → 再審死刑 → 最高裁上告棄却】 という流れは、それだけ少年犯罪に関する判断の難しさを物語っていますが、妻子を殺された本村氏が当初から求めていた死刑判決が確定したことは、多くの国民も支持するところだと思います。

事件そのものの経緯は省略しますが、この一連の裁判は日本の法曹界に大きなうねりを起こしました。

本村氏が中心となって設立された 『全国犯罪被害者の会』 の活動を通して、犯罪被害者等基本法の成立(2004年)や刑事訴訟法改正(2008年)により被害者が法廷で意見陳述ができるようになるなど、それまでとかく加害者の人権ばかりが重視されていた裁判の流れから、法廷に遺影すら持ち込めなかった被害者側の人権にも配慮するようになったのですから。

更には裁判員制度の導入に関しても、この事件の影響があったのではないでしょうか?

そしてこの判決は単に被害者遺族の望みを実現しただけでなく、前例主義が色濃い我が国の司法に大きな変化をもたらすでしょう。

まず第一に、これまで死刑判決の目安とされてきた 『永山基準』 が通用しなくなること。

9項目にも及ぶ条件を考慮し、それを満たさなければ厳罰に処されなかったのがこれまでの主流でしたが、今回の判決によって加害者の年齢・情状・被害者数などが死刑回避に対する特段の理由に当たらなくなる・・・つまり 『光市判例』 が新たな基準となる可能性が高いのです。

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以前拙ブログでも述べましたが、私は神ならぬ人間が他人の心の奥底を斟酌することは殆ど不可能であり、故に反省の度合いなどを裁判官・裁判員が推し量ることは無理、だと思っています。

また不幸な家庭環境に育っても立派な社会人として活躍されている方が多数いる中で、それを減刑の根拠にすることには合理性がないとも。

現に今回死刑判決に至った最大のポイントは、加害者が友人に送った手紙の中身が明るみに出たことでした。

もしそれがなければ世論に大きな変化はなく、今回の判決には至らなかったでしょう。

そして自称人権派弁護士たちが取った稚拙な法廷戦略 (復活の儀式・どらえもん等々の発言をさせたこと、また裁判の意図的な欠席)も、それに次ぐ敗訴の要因といえましょうか。

従って今回の判決は、犯罪が低年齢化・残虐化する中で死刑判断基準が変わることにより、二言目には心神喪失を主張するような法廷戦略の変更を余儀なくされ、また重大犯罪の抑止に繫るでしょう。

しかしそのためには、まだ決定的なことがひとつ残されています。

そう・・・刑の執行。

先に述べた 『永山基準』 の当事者・永山則夫が死刑執行されたのは、死刑確定してから更に7年後・・・しかもこれは、その直前に起きた神戸連続児童殺傷事件が14歳の少年によって引き起こされたため、未成年犯罪の抑止を狙って急遽執行された、といわれています。

判決が確定した以上、刑事訴訟法に従って半年以内に刑の執行をしなければ、新しい判断基準適用の意味が薄れ、重大犯罪の抑止にはなりません。

ところが民主党政権になってから死刑執行は殆ど滞ったまま・・・法務大臣自ら法律を破る姿勢は何ら変わっていません。

判決後の会見で、本村さんは 「この判決で勝者はいない。 事件が起きた時点でどちらも敗者だった。」 といみじくもおっしゃっていましたが、今後新たな敗者を少しでも減らすためにも、そして3年前に再婚した本村さんやご家族、更には加害者本人をこれ以上苦しめないためにも、現法相の英断に期待します。

そして政権の人気回復や選挙戦略に、本件を利用しないことも。うー

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11171041340.html?frm=themeより引用させて頂いております。