種 馬

大学時代、シーズン・オフに筋トレをしていた時は、必ずこの映画のテーマ曲をかけていた私・・・今でもコレを聴くと、気持ちが高ぶります。


その映画とは、 

Rocky

シルベスター・スタローンを一挙に大スターの座に押し上げ、アカデミー作品賞に輝いたこの歴史的名作が日本で公開されたのが、今から35年前の今日・1977年4月16日でした。


この映画を制作する前のスタローンは、かなり苦しい生活の毎日。

俳優としての成功を目指して映画のオーディションを受けるも落選の連続。


仕方なくポルノ映画に出たり、用心棒をしたりしながら糊口を凌いでいたのですが、そんな彼の運命を変えたのが、モハメド・アリ vs チャック・ウェプナーの世界ヘビー級タイトルマッチをテレビ観戦した事でした。


1975年3月に行われたこの試合は、圧倒的優勢を伝えられたアリから〝ホワイト・ホープ〟といわれた白人ボクサーのウェプナーが第9ラウンドでダウンを奪うという予想外の展開。


しかし結局は最終15ラウンドにアリがTKOで逆転勝利を収めたのですが、試合後にアリが 「(ウェプナーとは)2度と対戦したくない」 とコメントする程の白熱したファイトでした。


この試合を観て感動したスタローンが、僅か3日で脚本を書き上げた逸話は有名です。


(同じ試合をテレビで観た私は、ファンだったアリが逆転勝ちしたことに狂喜乱舞しただけ・・・ストーリーを考えついたスタローンとは、月とスッポンの差。)あせあせ


この脚本を持ち込まれたプロダクションは大変気に入り、高額でこれを買い取ってP・ニューマンを主役に映画化しようとしましたが、自ら主役を演じることに拘るスタローンはそれを拒否。


結局、主役を演じるかわりに当初の提示からはかなり安いギャラと、テレビドラマ1本分の安い製作費 (100万ドル) という厳しい条件をのまされました。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Rocky

低予算だったため、タイトルマッチ撮影時の観客エキストラを 「フライドチキン進呈」 というチラシで集めたり、メイク代を浮かせるため負傷したロッキーの特殊メイクを徐々にはがすため、撮影は最終ラウンドから逆撮りするなど、様々な工夫を凝らして完成したこの映画。

当初は無名監督によるB級映画と思われていたものの、公開されるや大ヒット。

製作費の約100倍、1億1,700万ドルもの興業成績を上げたのです。

下級層のボクサーがたった一度だけ掴んだチャンスを見事モノにする・・・という単純なサクセスストーリーがウケたのでしょう。

この映画同様スタローン自身もシンデレラ・ボーイになったわけですが、シリーズ最終作の 『ロッキー・ザ・ファイナル』 では、ロケ現場にラスベガスのマンダレイ・ベイ・ホテルを使い、リングアナ・レフェリー・対戦相手全てが本物という豪華な顔ぶれだった事と比較すると、この第1作を観るたびに私はある種の感慨を覚えます。

そしてあのビル・コンティの 『ロッキーのテーマ』・・・これはもう、最高!

この曲に元気づけられた方、多いんじゃないでしょうか?

それでは今日一日を元気に乗り切っていただくために、こちらをお聴き下さい。

  < http://www.youtube.com/watch?v=GJ5ufqcj_hA

私の夢は、いつかこの曲をBGMにして、あのフィラデルフィア美術館の正面階段でシャドーボクシングをすることなんですが・・・実現するかなァ?笑2

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11122775935.html?frm=themeより引用させて頂いております。